本連載『ミライのNewPublic』は、政策研究者の小田切未来さんがファシリテーターを務め、「将来の公共の在り方」を各分野の有識者・トップランナーと様々な観点で対談していく連続企画。
第四回目のゲストには、PR・クリエイティブに特化したハンズオン支援が特徴のベンチャーキャピタル「The Breakthrough Partners GO FUND」にて代表を務める小池藍氏をお迎えして、その稀有なキャリアや日本の文化、テクノロジー政策に対する提言を深堀りしていきます。
※前編はコチラから
テクノロジーとアートに対する「未来」のビジョン
小田切:前半では、小池さんの稀有なキャリアについて深堀りをさせていただきました。
ここからは、いま小池さんが着目されている分野の「未来」のビジョンをお聞きしたいと思います。
小池:いま特に注目している分野は「テクノロジー」と「アート」です。
テクノロジーは、これからの日本にどのような技術やITサービスが出てくるのか、何が発展して欲しいかを常日頃考え、ベンチャー投資の仕事をしています。
今後は日本のスタートアップを横断的に見ている立場から、政策を国に提言していく動きもしてみたいです。
小田切:アートについてはいかがでしょうか。
小池:いまの日本のアートはまだ産業として規模が小さいと思っています。
だから、伸びしろしかない!これは大きなチャンスです。
今後、日本の産業のひとつの柱になれる可能性を考えていきたいと思っています。
小田切:アートの産業化、興味深いですね。
何か具体的なアクションなどを伺いたいです。
小池:いまはまず、若い経営者などに向けてアートを普及するような勉強会やアートYouTube番組制作に携わるなどの活動をいくつかやっていますが、そういった民間での動きだけでなく、行政関連で行なわれる議論にもいくつか参加しています。
内閣府のアート関連ディスカッションのワーキンググループや、群馬県前橋市では今後の美術館のあり方を議論する「アーツ前橋あり方検討委員会」という委員会に参加しています。
国であれ地方であれ、民間でも、日本のアートの活性化に繋がるような動きには、できるだけ貢献していきたいと思っています。
アートの世界は独特で、歴史的背景や文脈の理解を基礎知識として持っていないとアート業界の専門家と会話するのは困難というハードルがある世界です。
だからこそ良いものが歴史に選ばれ残されていく、という良い側面もあるのですが、アート以外の世界の人たちとのコミュニケーションが本当に難しい方が多いという負の側面が強いのも事実です。
一方、日本では一般人やビジネスパーソンのアートに対する理解が極端に弱い。これは他の先進国に比べ美術教育に触れる機会が少ないことが原因だと思っています。提案については後ほど述べますね。
昨今、アートがブームのように取り上げられ、ビジネス界隈から「アートを取り入れたい」という声が多いものの、相互理解がないので話が噛み合わず、大体ブレイクしていくのが通常です。
なので、その間に立ち、翻訳者として動く機会が多いのですが、同じような翻訳者が増えることは、アート産業活性化には必須だと思っています。
それと今年の4月から、京都芸術大学で講師をやっていて、美大生に対しても「作家も起業家のように生きていく必要がある」ということを教えているんです。
小田切:アートの産業化のためには、作家自身もビジネスマインドを強化する必要がある、ということですね。
手応えはどうですか。
小池:4月に始めたばかりですから、目に見える成果はこれから出てくるんだろうと思います。
ただ、今の時点でも、多くの学生がビジネスマインドに興味を持ってくれていて、第一歩はスムーズに踏み出せているという実感があります。
提言1.霞ヶ関のテクノロジー出島構想
小田切:ここまでお話しいただいたビジョンも踏まえて、「もし小池さんが政府のトップに3つ提言できるとしたら、どのような施策を提言する」でしょうか。
小池:私からはテクノロジーとアートを活用し、「霞ヶ関のテクノロジー出島構想」、「デジタル庁のチーム構成」、そして「文化とともに定着させる」の3つを日本政府に提言したいと思います。
小池:1つ目の「霞ヶ関のテクノロジー出島構想」というのは、スタートアップ企業が実証実験を行なえるような空間あるいは地域を霞ヶ関の中もしくはすぐ近くに作るという構想です。
小田切:「霞ヶ関の中もしくはすぐ近くに」というのがポイントのように感じますが、具体的に教えてください。
小池:はい。
ベンチャー企業にとって、テクノロジーを元にした新たなサービス化の実現可能性の検討が重要で、そのためには実証実験が欠かせません。
そして、その際に重要になるのが、新しい技術や新しいビジネスモデルが、「法的規制をクリアできるか、法的規制を変えられるか」といったことなんです。
最近ではそれを「ルールメイキング」と呼ぶようです。
そういった課題にアプローチするには、まず政府公認で法的な規制を緩めて様々な実証実験を行い実例を作れる場を設けること、それを実社会に展開する際にハードルとなる法的な規制に関する議論を官民協働で行なえる場を作ることが重要になる。
それを一挙に実現できるのが「霞ヶ関のテクノロジー出島構想」です。
小田切:法的な規制を緩めて様々なトライが出来る場というのは、例えば、地方自治体では「特区」、プロジェクト単位では「レギュラトリー・サンドボックス制度(※)」など、既に幾つか存在しますよね。
(※)IoT、ブロックチェーン、ロボット等の新たな技術の実用化や、プラットフォーマー型ビジネス、シェアリングエコノミーなどの新たなビジネスモデルの実施が、現行規制との関係で困難である場合に、新しい技術やビジネスモデルの社会実装に向け、事業者の申請に基づき、規制官庁の認定を受けた実証を行い、実証により得られた情報やデータを用いて規制の見直しに繋げていく制度
そこに更に国のど真ん中にやることで、どのような効果が生まれるのでしょうか。
小池:霞ヶ関という物理的にも近い場所にあることで、政治家や官僚といった国の中枢にいるルールを作り・管理している人たちの目に留まりやすくなることが、大きなポイントです。
例えば、出島の中で「ペーパーレス」の実証実験が行われているとして、見事に一枚も紙が使われていない様子を政治家や官僚の人たちが見れば、議会や省庁といった自分たちの属する組織と比較して考えるようになる。
気になることがあれば、その出島で実験をしている企業等の人間にすぐアプローチすることもできます。
そうすると、実際にその差を埋めようという動きにもつながりやすくなるわけです。
小田切:なるほど。
逆に、実証実験をする民間企業の方にとっても、法的な問題に関して政治家や官僚に議論をしかけやすくなるメリットがありますね。
既存の仕組みより規制側と事業側が、インタラクティブに繋がるのが狙いですね。
小池:霞ヶ関の出島がSFの世界かと思うくらい未来のテクノロジーに囲まれた場所になったら、本当にワクワクしますね!
提言2.デジタル庁のチーム構成
小田切:続いて「デジタル庁のチーム構成」についてお聞かせください。
小池:私はデジタル庁には、民間のテック企業などの優秀な人材を引っ張ってきてほしいと思っています。
半分は民間出身の人材が占めて、もう半分は省庁などからの公の人材で構成する。
このような半々の混成チームを組むことで、デジタル庁ひいてはデジタル政策の発展につなげてほしいです。
小田切:民間のテック人材と公の人材の「混成チーム」というところがポイントですね。
ここにはどのような狙いがあるのでしょう。
小池:行政のデジタル化には専門人材の活用が近道であることは、アメリカの「米国デジタルサービス(USDS )」の例(※)からも明らかです。
しかし、日本では行政の仕組みを変えるためには、行政組織特有のプロセスを正しく踏んでいくなどの手続きが必要です。
公の人材を混成チームに組み込めば、そういった面から力を発揮することを期待できます。
同時に、民間のIT企業の仕事の仕方や構想設計がスピードを早めるためには役立つので、双方の強みと、武器を携えたチーム構成で改革に挑んで欲しいと願っています。
ちなみに、アメリカのデジタル庁にあたるUSDSの事例はとても興味深かったので、どのような動きがあったのか実例や経緯を面白く読みました。
日本のデジ庁にも参考になると思うので、ぜひUSDSにヒアリングしてみて欲しいです。
(※)アメリカの行政における様々なデジタル化の取り組みを実行している専門家集団。移民申請システムのデジタル化やアプリケーション開発など多数の実績を有する。2008年のアメリカ大統領選挙の際に、バラク・オバマ氏の陣営で「オバマキャンペーン」を展開したチームが前身。
小田切:同感です。
私も現在、東京大学で研究者を務めていまして、国際会議ICCPR(国際文化政策学会)のイベントがあったのですが、その特別セッション等を踏まえて、今後の文化政策の展望についてのワーキングペーパーを先月、公開しました。
小田切:この中の提案の1つが、まさに小池さんが仰るような「混成チーム」で、デジタルアートやデジタルコンテンツ(広義に文化政策分野)等に関するデータ収集・分析・提言可能なシンクタンクの創設でした。
優秀な民間企業の経営者、学者、あとはクリエイターなど、そういった総合的なメンバーで一緒になって、政策を提言していくシンクタンクを作ることを提案しました。
今後、令和時代においては、ファクター同士で競争し合うのではなくて、共創しながら良いものを作るという発想が重要になると思っています。
政策作りにおいても、日本国内にある様々な「知」を結集した「総合力」を活かしてほしいですね。
小池:仰るとおりです。
加えていえば、デジタル庁の混成チームでは、チーム内のダイバーシティも大事にしてほしいと思っています。
性別、年齢、出身地など、様々なバックグラウンドを持った人材が参加することで、多様性のあるチームを作ってほしいです。
小田切:チームに多様性を持たせることで、どのような効果が生まれるのでしょう。
小池:行政のデジタル化においては、普段からデジタルのツールを使い慣れている人たち向けの取り組みだけではなく、アナログなシステムでは十分に対応できていないような人たちにも、しっかりと行政サービスを届けられるような取り組みが求められます。
そのためには、多様なバックグラウンドを持った人材が参加し、多角的な視点から議論を行なえるようにすることが必要だと考えています。
小田切:なるほど。
テクノロジーの力でより便利に、というよりも、サービスが行き届いていない人への支援をテクノロジーの力で実現する、ということですね。
小池:そうです。
例えば生活保護って、区役所に行けば申請できるものですよね。
でも、実際に生活保護が必要な人は「行く時間がない」とか「どこに行けばいいか分からない」とか、あるいはそもそも「生活保護という制度を知らない」ということも少なくない。
現状のアナログな仕組みでは、行政側はどうしても「申請が来るのを待つ」ことが対処の基本となっているので、そうした人々は支援の網からこぼれてしまいます。
テクノロジーの力を使えば「生活保護に該当するような人には自動的に生活保護費が振り込まれる」というシステムを実現できるかもしれません。
せっかくデジタル庁をつくって個人の情報を活用できるようにするならば、今までのアナログな仕組みでは実現不可能だった細かな配慮ができる仕組みをつくれるということにより意義があると思います。
ちなみに、このデジタル化がもたらす「本当に必要な人にサービスや支援を国から届けられる」という意義については、前掲の「アメリカデジタルサービス(USDS)」でも前提として意識されていたことが読み取れましたし、今年5月に出版された福岡市の高島宗一郎市長の著書「福岡市長高島宗一郎の日本を最速で変える方法(日経BP)」でも触れられており、行政や国がデジタル化を進める理由がよく理解できます。
提言3.文化とともに定着させる
小田切:最後に3つ目の提言「文化とともに定着させる」について、詳しく教えてください。
小池:これは「テクノロジーを人々の生活に定着させるために、文化の力を活用する」ということになります。
小田切:なぜ「文化の力」が必要なのでしょう。
小池:3年間のアート経験を通じて学んだことなのですが、新しいビジネスや産業が生まれた時、すぐに消えるか、残り続けるか、は発展の段階で「文化の力」を巻き込めたかどうか、が分かれ道なのではないかと考えています。
とてもわかりやすい例で言うと、鉄道。
今でこそ鉄道は生活に必要不可欠な交通インフラですが、鉄道が普及する前は勿論そうではなかった訳ですよね。
よく知られている話ですが、鉄道会社は、線路を敷くだけでなく、鉄道をより多くの人々に使ってもらうために、終着駅や主要な駅の周辺に大型の建物を立てたり住宅地を同時に開発しました。
ただ、箱を次々と建てる、それだけでは、例えば今の渋谷のような規模の街にはならなかったでしょう。
渋谷がこれほどに発展してきたのは「BUNKAMURA」などの劇場や映画館、美術館、プラネタリウムなどの文化施設を作ることで文化を体験できる場を提供したり、さらにファッションや雑貨や本のような日常生活を文化的に豊かにするものを手に入れられる店を大量に持ってきた。
すると、人は、一度渋谷に行って終わり、ではなく、何度も何度も日常的に通うようになるんです。これは文化の力の活用です。鉄道会社はここまでやって発展したんですよね。
小田切:文化という要素も巻き込んで発展してきたからこそ、今の渋谷があるということですね。
同じことは他の駅や街でも言えるかもしれません。
小池:他には、化粧品会社も、化粧品を作るだけではなく自らアート的な思想や美意識を全面に出して、商品を開発したり、広告でPRしています。
人々は、その化粧品の品質はもちろん、化粧品会社のそれらのアート的要素にも共感を抱いたり刺激を受けて、そこの商品を選ぶわけです。
小田切:アートも含めてそういった文化的な要素を、企業がビジネス展開に巻き込めるように文化への理解を促進させる。
そのための動きを国がすることが重要ということですね。
小池:そうです。
企業でビジネス戦略を立てるような立場にある人も含めて、国民に広く「文化に対する理解」を深める機会を設け、活用できるようになることが必要だと思います。
小田切:他の国と比べて日本では、そうした観点からの取り組みが不足しているのでしょうか。
小池:実は日本人は、他の国の人と比較しても、アートを美術館へ「観に」行っている人の数や支払っている金額では負けていないんですよ。
では、何が不足しているのか。
それはアートを実生活の中に取り入れるという感覚や習慣が無いんです。
小田切:それは何が原因にあるのでしょうか。
小池:ひとつの要因として、学校の教育で「アートの見方」をあまり教えていないことが挙げられると思います。
日本の学校の美術の授業って「自由に感じていい」「自由に作っていい」しか言っていないことが多いじゃないですか。
なので、アート作品や作家にどのように対峙すればいいかが分からない。
すると、生活の中に取り入れる感覚が無いままですし、ましてや企業のビジネス展開に取り入れる発想も持てなくなってしまうわけです。
学校だけに頼る必要も実はなくて、それぞれの地域に美術館はありますし、美術館が地域の人たちに対してもっと積極的にアートを教育、普及する、というのは国から努力義務として課すくらいでも良いと思うのです。
税金で運営している立場なら至極真っ当の努力義務だと思います。
教育以外にも、アートをもっと手に入れやすくするなどの取り組みを国が推し進めることも必要でしょう。
小田切:なるほど。
今後の提言についても、前述のワーキングペーパーで言及させて頂いたのですが、例えば、アート×デジタルテクノロジー、コンテンツ×デジタルテクノロジーなどの分野では、融資や出資といった資金的支援については、既にそれなりに比較的充実しています。
一方で、日本全体の機運作りや規制緩和、国家間取引の交渉といった非資金的な支援については、更なる強化が必要だと考えます。
小池:いま、アートの世界では日本にチャンスが到来しているんです。
というのも、今までアジアでは、香港とシンガポールがアート文化及びマーケットのハブになっていたんです。
ところが最近の国際情勢の変化により、特に香港でこれまでのような文化活動が難しい状況が起き始めてきました。
そこで次なるアジアのアートのハブとして、日本が候補に挙がっているんです。
小田切:それは日本にとっては大きなチャンスですね。
具体的に、日本政府は、どのような取り組みを展開すべきでしょうか。
小池:「アートの保税地域を作る」「国際的なアートフェアを呼び込む」「日本でもっと日本人がコレクションをしやすい税制にする」。
この3つに取り組むだけで、日本におけるアートの立ち位置が大きく変わりますし、アートそのものを大きな産業に発展させることも出来ると考えています。
実は、一つ目の保税地域については、今年の3月に河野大臣主導で規制改革が行われ、実現しました。
その素早さは目を見張るものがあり、河野大臣の本気度が伺えました。この勢いで日本のアート産業化発展をこのタイミングで推進して欲しいと、応援の気持ちでいっぱいです。もちろんできることは精一杯協力したいです。
輸出通関における保税搬入原則の見直しが施行されました|財務省関税局
小田切:ファンドの代表としての知識や経験はもちろん、アートに対しても見識を深め、さまざまな取り組みに挑戦されている小池さんならではのご提案だと思います。
ぜひ小池さんには、民間企業のシャドーキャビネットにおけるテクノロジー・文化担当大臣といった役回りで(笑)、今後も手腕を発揮していただきたいですね。
小池:「シャドーキャビネット」という響きは恰好良いですね。
頑張っていきたいと思います。
※前編では現在(2021/07/06時点)日本に3人しかいない女性のベンチャー投資ファンド代表である小池氏の「稀有なキャリアとそのバックグラウンド」を掲載しておりますので、是非併せてご覧ください。
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・取材協力:GO FUND, LLP
・インタビュアー:小田切 未来
・執筆:小石原 誠
・編集:深山 周作
・デザイン:白鳥 啓
・写真撮影:田中舘 祐介