いまこそ振り返る。東京オリンピックへのアンチテーゼ(2)~招致決定後から現在に至るまでに発生・発覚してきた3つの「騒動」~

新型コロナもあり、中止や再延期を求める声も多い2020東京五輪。

聖火リレーが始まっている現在でも、緊急事態宣言が一部地域で出るほか、熊本市が「公道での(聖火リレー)開催は中止してほしい」と考えを示すなど、向かい風を感じずにはいられない。

しかし、2020東京五輪にまつわる「騒動」は新型コロナの前から始まっていた。

現在、顕在化している2020東京五輪のアンチテーゼ。この「火種」がどのようにして育まれ、現在の世論を形成してきたのかについて、招致決定後から現在に至るまでに発生・発覚してきた3つの「騒動」を振り返ることで、整理していこう。

前稿(オリンピック支持率の変遷)はコチラ

新国立競技場建築計画の白紙撤回

幻となったザハ・ハディド案

2020年の東京オリンピック・パラリンピックの招致決定後、最初に2020東京五輪に対する世間の不安を呼び起こしたのは、新国立競技場の建築計画をめぐる問題であった。

※新国立競技場|写真:西村尚己/アフロスポーツ

事の顛末はこうだ。

2012年7月、老朽化により改築されることになった新国立競技場のデザインコンペが開催。約4か月をかけて選ばれたのが、現在建築の巨匠であるザハ・ハディド氏が経営する建築事務所によるデザインであった。

巨大な2本の「キールアーチ」を軸とした大規模な流線形が特徴的な、前衛的にも見えるデザインは、人々に大きなインパクトを与えた。ところが2013年8月、工事実施者によるザハ・ハディド案の経費試算が公表されたことにより、大きな騒動が巻き起こってしまう。

というのも、2012年のコンペ時点ではおよそ1,300億円とされていた総工費が、工事実施者による試算では倍以上の約3,000億円まで膨れ上がったからだ。さらには年間維持費が約41億円かかることも判明。

国内で最も収容人数の多い横浜国際総合競技場では、総工費が約603億円、年間維持が約7億円であることからも、ザハ・ハディド案のコストの大きさがイメージできるだろう。

その後、2年近くの時間をかけて計画の修正とコストの圧縮が試みられたものの、有効な手立ては見いだせずに2015年7月、建築計画が白紙撤回。

新国立競技場デザイン選定の審査委員長安藤氏の責任を言及する声もあり、2015年7月16日に会見が行われたが、その会見での発言を「ひとごとのようで無責任」と指摘するといった意見もネット上で散見された。

※新国立競技場デザイン選定の審査委員長安藤氏の2015年7月16日会見|写真:長田洋平/アフロスポーツ

その後、デザインだけではなく設計や施工も一体としたデザインビルド方式の公募型プロポーザルが改めて実施され、大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所のJV(共同事業体)による計画が採用されることになった。

なお、こちらの総工費は最終的に1,569億円となっている。

新国立競技場建設をめぐる経緯(Wikipedia)を参照

「世界一コンパクトな大会」に対する疑念と不安感

最終的には当初予算の2割増し程度で抑えられた新国立競技場の工事であったが、一度コンペを行ない建築計画も立案されたものを白紙にしたことで、当初予定されていた2019ラグビーワールドカップの会場としての使用ができなくなった。

それだけでなく、工事期間が圧縮されたことが原因ともされる労務問題が発生するなど、さまざまな方面で影響が出ている。

また国民に対しても、大会組織委員会の二転三転する説明内容や、事態の責任に対する消極的な姿勢、あるいは「世界一コンパクトな大会」とは程遠い莫大なカネの動きにより、東京オリンピックそのものへのネガティブイメージを植え付ける結果となった。

しかし、この時点ではまだ「不安感」に過ぎなかったイメージは、同時期に発生した別の騒動により「不信感」へと発展することになる。

オリンピック・エンブレムの類似騒動

炎上したオリンピック・エンブレム

新国立競技場をめぐる騒動と時を同じくして世間をざわつかせたのが、オリンピック・エンブレムの類似騒動だ。

新国立競技場のザハ・ハディド案が白紙撤回される前年の2014年7月24日、2020東京五輪のエンブレムが発表された。選定されたのは、デザイナーの佐野研二郎氏による、Tの字を基調とした幾何学的な形状のエンブレムだ。

著者の記憶では、エンブレムに対する世間のリアクションは、あまり良いものとは言えず。「招致活動で使用されていたエンブレムをそのまま使えば良いのに」といった意見も上がっていた。とはいえ、デザインに関する議論は一般には難しいものであったため「選定されたものならば良いデザインなのだろう」といった消極的賛成の声が多かったように記憶している。

ところが、発表からわずか3日後の27日。佐野氏のエンブレムは、ベルギー人デザイナーのオリビエ・ドビ氏より「デザインの類似」を指摘されてしまう。オリビエ・ドビ氏がオリジナルを主張したリエージュ劇場のロゴは、素人目に見る分には佐野氏のエンブレムとかなり似ていたことから、エンブレムの類似騒動は瞬く間に過熱していった。

もちろん佐野氏側はデザインの盗用を否定した。8月5日には記者会見を開き、デザインに込められた理念についての説明や、図解的な解説を行なうなどして真っ向から反論。ところが今度は、同時期に進められていた飲料メーカーの企画において、佐野氏のオリジナルとされていた商品デザインの多くで他者の作品のトレースが行なわれている疑惑が発覚。8月14日、佐野氏側がこのトレース疑惑を認めたことにより、騒動はさらに炎上の一途を辿ってしまう。

当初はエンブレムの使用を押し通す姿勢を見せていた大会組織委員会も、度重なる炎上により方針を転換。9月1日、佐野氏デザインのエンブレムを使用中止する旨を公表することで、騒動は一応の終幕を迎えている。

エンブレムの選考プロセスに対する不信感

オリンピック・エンブレム類似騒動では、当初は佐野氏デザインのエンブレムが「模倣か否か」に注目が集まり、問題の根幹となっていた。この点についての真相は本人たちのみぞ知るたところだが、エンブレム騒動は時間が経過するに従って「模倣か否か」ではない別の部分に批判の焦点が移っていった。

それこそが「エンブレムの選考プロセス」だ。

中でも、エンブレムが公募ではなく、あらかじめ選定された一部デザイナーによるコンペで行なわれた点に批判の声が集中。大会組織委員会も以下のとおり、策定プロセスにおける反省点を列挙している。そのこともあり、再度行われたデザインコンペは一般公募により実施されている。

「オリンピック・パラリンピック推進対策特別委員会速記録第二十三号」(東京都議会)より引用

さらに、上記の閉鎖性も含めた策定プロセス一連の問題に対しては、いわゆる「五輪利権」目当てに特定の企業が深く関与したことにより発生したものではないか、という見方も一部メディアおよび国民の間では根強かった。

かような経緯からオリンピック・エンブレム類似騒動は「東京オリンピックをやろうとしている人たち」に対する「不信感」を強めてしまう結果を導いてしまったと考えられる。

東京オリンピックの開催経費問題

予算7,340億円が1兆6,440億円に「膨れ上がった」?

新国立競技場の騒動とエンブレム騒動により生まれた、東京オリンピックに対する国民の不安感と不信感。それをさらに大きくしているのが、膨れ上がった開催経費予算である。

ただし、開催経費予算の膨張については、実は「東京オリンピックをやろうとしている人たち」にとっては、ある程度織り込み済みの話だということを、まずは知っておいてもらいたい。

まず、東京オリンピックの予算として最初に公表された数字は「7,340億円」。

これは、2020夏季オリンピック招致に東京が立候補した際の「立候補ファイル」で示された見積もりである。ところが、実はこの立候補ファイルにおける見積もりには「基礎的な要素のみ計上」「施設整備中心の公的部門」「招致決定後の状況変化」などの制約がある。

そのため、例えばテロ対策に必要な資機材等の、運営に関わる行政費用の多くが計上されていない。つまり「7,340億円」という数字は、当初から後の費用増加ありきの予算だった訳だ。

招致決定後の2016年12月に発表された組織委員会による予算「V1」では、費用は1兆6,000億円~1兆8,000億円と算出。これこそが、オリンピック開催に係る費用の「全て」を計上した最初の予算案ということになる。

東京2020大会の組織委員会予算バージョン1(TOKYO2020)より引用
東京2020大会の組織委員会予算バージョン1(TOKYO2020)より引用

もちろん、立候補ファイルにおける予算と、招致決定後に算出される予算の違いを知らない国民にすれば「なぜ急に費用が増えるんだ?」という疑念を抱かざるを得ない数字であり、批判の声が出ても仕方のないことだといえよう。

しかし、2012年のロンドンオリンピックでも、立候補ファイルでの予算は8,000億円であったのに対して、その後のV1予算では2兆1,000億円まで増加している(最終的な経費は約1兆1350億円)。

要は、予算の増加は東京オリンピックだけに限った話ではなく、かつその増加幅もべらぼうに大きい訳ではないということだ。

「費用」に対する問題意識のズレ

東京オリンピックの予算7,340億円は初めから「増加」ありきの数字であり、実際の予算1兆6,440億円というのも想定の範囲内の数字だと言える訳である。

…というのが、「東京オリンピックをやろうとしている人たち」の主張であろう。
もちろん、その立場に立てば費用の増加は正当なものだと言えようが、国民の立場に立って考えれば、問題の根本は「費用増加の正当性」ではなく「そこまでのお金をかけて開催すべきものなのか」という「費用負担の妥当性」にある。

この考え方の隔たりが今、「東京オリンピック開催不支持」として顕在化してしまっているのではないだろうか。

東京オリンピックの開催準備が順調に進んでいることが話題になることは少ない。ところが何か問題が起きると、それはたちまち記事になり世間に知れ渡る。そうなった時の言動に「国民からの見られ方」という視点が不足していたことで、世論の不支持が拡大してしまったのではないか。昨今の東京オリンピックをめぐる騒動を見ていると、そのように強く想像してしまう。

コロナに限らず、騒動に見舞われている2020東京五輪

目玉であったはずの新国立競技場の計画は白紙に戻ってやり直し。「顔」であるエンブレムでも類似騒動が起きて、こちらもやり直し。さらに、肝心の予算もいつの間にか当初の倍以上。今回お話してきたこれらの騒動以外にも、招致に関わる汚職問題や、新国立競技場での労働問題、マラソン競技の移転騒動など、東京オリンピックに対するネガティブイメージを助長してきただろう出来事は、枚挙に暇がない。

招致決定後に起きてきたこれらの「騒動」を振り返ってみると、今の「不支持」な世論の火種は、新型コロナウイルスの感染拡大前から育まれてきていたことが想像できる訳だ。

しかし、実際には、これら出来事すべてが100%の「悪」であったかというと、そうとは言い切れないというのが著者の考えだ。

先述のとおり開催経費の増加についても、湯水のごとく経費がプラスされてきた訳ではない。また、これまでの一部メディアの批判報道にも、誤った認識により問題を大きく見せてしまっているものがあったと言わざるを得ない。

しかし肝心なのは、こういった騒動に際しての「東京オリンピックをやろうとしている人たち」の言動の見え方だ。「諸々の問題はあるけど、それらは大体は仕方のないことで、私たちは悪者ではない。それよりも、ここまで頑張って開催にこぎつけたんだから、応援してもらわなければ困る。」という高飛車な言動に見えてしまうことで、国民のオリンピック熱を下げ、東京オリンピックに対する不支持の世論を形成・拡大している側面もあるではないか。だとしたら、それは非常に不幸な話だと言えよう。

なによりアスリートの立場に立てば、オリンピック開催を待ち望んだたくさんの人々から応援を受ける中で競技を行うのと、そうでないのとでは、大きな違いがあるはずだ。

「東京オリンピックをやろうとしている人たち」がこれまで積み重ねてきた実績も大きなものであると著者は捉えている。

だからこそ、過去の出来事を顧みて自分たちが国民からどう見られているのかを見極めること、情報発信の仕方の重要性に、一刻も早く気付いてもらうことを切望して止まない。同時に我々国民の側にも、問題の本質がどこにあるのかを冷静に見極める姿勢が求められるだろう。

引用・参照

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