【Politics for Olympic】「スポーツ施設」に関する政策について知ろう(中編)

来年7月から開催予定の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、政策とスポーツの関係について政府資料等を読み解きながら解説していく本企画。

第5回は、前回に続き「公共スポーツ施設」を題材として、スタジアムやアリーナなどの観戦向け施設に関する改革的な政策について、平成30年(2018年)の12月に公表された「スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第2版>(スポーツ庁・経済産業省)」を基に読み解いていく。

前編はコチラ

スタジアム・アリーナに対する考え方の変遷

これまでのスタジアム・アリーナは「コストセンター」

これまでスタジアムやアリーナといった「観戦向け施設」は、「コストセンター」という位置づけで考えられていた。

コストセンターとはつまり、お金がかかる一方で、あまり売上を生み出すことがない施設ということだ。
これはスタジアムやアリーナに限らず、前回の記事で取り上げた体育館や屋内プールなどの利用向け施設も同様であり、さらには図書館や美術館などといった他分野の施設にも同じことがいえる。そもそも「公共施設」という存在自体が、利益を生み出すことではなく、市民に対して必要最小限のサービスを平等公平に行なえることに主眼を置いて運営されているからだ。

スポーツ庁・経済産業省「スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第2版>」より

「コストセンター」から「プロフィットセンター」へ

ところが、第1回の記事でも解説したとおり、平成25年(2013年)9月に2020東京オリ・パラの開催が決定し、それを受ける形で平成27年(2015年)にスポーツ庁が創設されたことで、「スポーツの成長産業化」と「スポーツを通じた地域活性化」に本腰を入れて取り組む体制が整えられた。

そして、そのための手段として、スタジアムやアリーナが持つ高いポテンシャルが注目されるようになった。

たしかに、スタジアムやアリーナといった観戦向け施設は、管理にお金がかかる。しかし、施設機能を高めて稼働率を向上し、収益を上げられるようになれば、地域経済にポジティブな影響を与えられる存在、すなわち「プロフィットセンター」になれるのではないか、と考えられ始めた訳だ。

スポーツ庁・経済産業省「スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第2版>」より

「スタジアム・アリーナ改革ガイドブック」の位置づけ

では具体的に、どのようなスタジアム・アリーナであればプロフィットセンターになり得るのか?新たなスタジアム・アリーナ整備を検討する自治体等を対象として、スポーツ庁および経済産業省によりまとめられたのが「スタジアム・アリーナ改革ガイドブック(以下、「改革ガイドブック」と呼称」だ。現在は平成30年(2018年)12月の第2版が最新バージョンとなっている。

改革ガイドブックの中では、スタジアム・アリーナ改革を目指す自治体等が「特に重点的に考慮すべき項目」として、4つの項目に分かれた14の要件を示している。

スポーツ庁・経済産業省「スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第2版>」より

今回は中でも、「集客力を高めまちづくりを支える持続可能な経営資源としての要件」と「収益・財務に関する要件」をピックアップして解説していこう。

集客力を高めまちづくりを支える持続可能な経営資源としての要件

なぜ既存のスタジアム・アリーナは収益性が低い?

そもそも、既存のスタジアム・アリーナの収益性が低いのはなぜか?

その理由は先述のとおり「市民に対して必要最小限のサービスを平等公平に行なえることに主眼を置いて運営されている」からであるが、さらに加えると「必要最小限のサービスを提供するだけの機能しか備わっておらず、利便性も高くない」ことが根本的な理由だといえる。

実際、公共のスタジアム・アリーナは、イベントを楽しむための機能はイマイチであり、しかも駅から遠かったり街のはずれに孤立してたりで不便なことが多い。ただし、そういった不便さはありつつも多くの地方自治体が体育館や陸上競技場などの施設を取り揃えており、市民のスポーツ実施環境が確保されていることが、スポーツ政策の成果であることも認識しておくべきだろう。

しかし今後、特に新たに作られるスタジアム・アリーナについては、顧客満足度の向上を図る取り組みを行なうことで、より多くのイベント利用や市民利用を促進し、利益を出せる施設づくりを目指すべきだというのが、改革ガイドラインが指し示す重要な方向性だ。

スポーツ庁・経済産業省「スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第2版>」より

改革ガイドラインで述べられているスタジアムやアリーナの収益性向上の取り組みは、「高性能化」「多機能化」「複合化」の3つの視点にまとめて論じることができる。

スタジアム・アリーナの高性能化

まず高性能化とは、「するスポーツ」「観るスポーツ」の環境として高い性能を備え、来場する観客の経験価値を向上しよう、という話だ。

スポーツ庁・経済産業省「スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第2版>」より

例えば観客席のイスの角度を競技等が見やすい角度に設定したり、観客の滞留を生まないように導線を工夫したり、バリアフリーの観点から施設内設備を充実させたり、あるいはトイレの数を十分に確保し、かつ常に清潔に保つといった取り組みもこれに該当するだろう。

また、最先端のIT技術を駆使した取り組みも非常に重要だ。例えば施設内にWi-Fi環境を整備すれば、スマートフォンやタブレット端末を活用し、座席案内や料理等の注文サービスなどのシステムを組んだりすることもできる。

スタジアム・アリーナの多機能化

改革ガイドブックでは「多様な利用シーンの実現」と表現されているが、スタジアム・アリーナをスポーツ観戦以外の用途にも使いやすくする「多機能化」も、顧客満足度向上に向けた重要な取り組みだ。

スポーツ庁・経済産業省「スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第2版>」より

既存のスタジアムやアリーナでもスポーツ以外の用途で使われることは多いが、そこには様々な制約や問題がある。例えば、コンサートはセットや音響機材など大型の備品等を搬入することが多いが、スポーツ施設だと搬入口が狭かったり搬入の導線が不十分であったりなどして時間がかかることがある。すると、セッティングや解体にも時間がかかるため、ひとつのコンサートに多くの時間を費やすことになり、収益性が下がってしまうのだ。

そこで、あらかじめそういった用途を想定した上で施設設計や設備導入等を行なうことで、施設の稼働率はもちろん音響・ライティング等の演出の自由度も上がり、収益性の向上や来場者の満足度の向上につなげることができる訳だ。

例えば2020東京オリンピック・パラリンピックの会場である有明アリーナでは、コンサート等の各種イベントでの利用を想定して、機材搬入用のトラックが入れるようにアリーナの床をコンクリート製にする工夫が施されている。また、民間施設であるゼビオアリーナ仙台では、大型の搬入口を2か所設けることで、同時に車両2台での搬入を可能としている。

スタジアム・アリーナの複合化

スタジアム・アリーナが地域経済にポジティブな影響を与えられる存在になるためには、施設の周辺環境を巻き込む形でのバリュー向上が重要な視点となる。スポーツ政策やスポーツビジネスの世界では、そのような複合的な機能を持つ施設を「スマート・ベニュー®」と呼び、研究や実践が進められている。

スマート・ベニュー研究会・株式会社日本政策投資銀行「スポーツを核とした街づくりを担う「スマート・ベニュー®」」より

スマート・ベニューの先行事例として有名なのが、東京ドームだ。まず東京ドームという施設では、プロ野球やコンサート等のイベントを楽しめる。さらに東京ドームの周りには遊園地やフードコート、屋内スポーツ施設、ホテル等により構成される東京ドームシティがあり、イベント参加者はイベント前後の時間を利用してそこでもお金を使う。そして、東京ドームやドームシティという集客施設があることで、周りにあるレストランや居酒屋などの地域のお店の利用も促進される。ひとつのイベントで施設だけが潤うのではなく、周辺エリア全体で利益を享受できる構造になっている訳だ。また、イベント参加者の地域に対する満足度向上も見逃せない効果だろう。

東京ドームは民間施設ではあるが、自治体が今後目指すべきスタジアム・アリーナによるエリア開発のひとつの理想像だと言える。自治体によるスマート・ベニューの取り組みは、ミクニワールドスタジアム北九州などで実践されているが、まだ事例数は限られている。今後の取り組みを期待したい分野だ。

収益・財務に関する要件

民間活力を活用した事業方式とは

収益性の高いスタジアム・アリーナを作るためには「高性能化」「多機能化」「複合化」の3つの視点からの取り組みが重要だが、一方で行政の財布でこのようなスタジアム・アリーナをつくることは、費用や市民の理解という観点から中々厳しいのが実状である。そこで、改革ガイドブックが「収益・財務に関する要件」として提唱しているのが、資金や経営能力、技術的能力などの「民間活力」を活用した事業方式だ。

スポーツ庁・経済産業省「スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第2版>」より

民間活力を活用した事業方式とは具体的に何か?

これはつまり、施設の管理運営により生じる収益等と引き換えに、スタジアムやアリーナの建設等に係る費用の一部を民間から調達する方式のことである。その代表例が「PFI(Private Finance Initiative)手法」だ。PFIとは、公共施設等の設計、建設、維持管理及び運営に、民間の資金とノウハウを活用する政策手法であり、スポーツ施設を含め様々な施設等で導入されている。

PFIは、施設の所有権や運営権の設定、民間事業者への対価支払の設定などの観点から様々な類型に分かれるが、特に注目されているのが、有明アリーナで導入されている「コンセッション方式」だ。

コンセッション方式とは

コンセッション方式は正式に書くと「公共施設等運営権方式」となる。読んで字の如く、公共施設等の運営権を民間事業者に設定する方式のことである。

前回の記事でご紹介した「指定管理者制度」と似ているが、指定管理者制度の場合、施設の管理運営を民間事業者に任せはするが、運営権は自治体等に設定されたままである。よって、管理運営に関する様々なルールが条例や仕様という形で存在しており、民間事業者はそれらに従って管理運営を行う必要がある。

コンセッション方式の場合は、施設の運営権が民間事業者に設定されることで、管理運営に関する制約がかなり限定的になり、自由度の高い管理運営が行なえるようになる。例えば、東京都が公開している有明アリーナの「運営権者候補者の提案概要」を見ると、以下のような取り組みが事業者から提案されている。

「有明アリーナ 運営権者候補者の提案概要」より

例えばエントランス大型映像ビジョンの整備やVIPテラス席の設置、あるいは自然エネルギーや低炭素電力での電力調達などといった取り組みは、施設そのものに変更を加えるため、指定管理者制度では難しい。また、料金体系や優先予約の設定は、それらがすでに条例や仕様で決まっている指定管理者制度ではほぼ不可能な取り組みだ。これらの取り組みはコンセッション方式ならではの提案だと言えるだろう。

ほかにも施設の運営権が民間事業者に設定されることで、事業者が運営権を抵当に入れることで金融機関から資金調達を行なえるようになるという利点もある。

もちろん、管理運営の自由度が増すということは、事業者にとってリスクが大きくなることも意味する。実際にアメリカでは、道路の管理運営を行なっていたコンセッション事業者が、交通量が事前予測より60%以上少なかったことなどが原因で収支状況が悪化し、破産法申請する事態が発生している。公共施設である以上、自治体等と事業者の間でどのようにリスクを分担し不測の事態に備えるかは、今後の事例蓄積により検討が進められるべき課題だと言えよう。

まとめ

今回は、スタジアムやアリーナなどの観戦向け施設に関連する改革的な政策について、平成30年(2018年)の12月に公表された「スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第2版>(スポーツ庁・経済産業省)」を基に読み解いてきた。

今後の自治体等におけるスタジアム・アリーナ建設事業は、コンセッション方式などの民間活力を活用した事業方式などを採用し、安定した収益を上げることで持続的な管理運営を行なえるスキームを組み立てるべき旨が、改革ガイドブックの指針として示されている。そして実際にいくつかの地域では、民間活力を活用した施設建設・運営が行なわれている。これら先行事例については、次回の記事で紹介したい。

今後は、こういった新たなスタジアム・アリーナの建設・運営事例が蓄積していくことで、先述したようなリスク分担等などの課題へのアプローチが検討されていくことだろう。まずは有明アリーナなどの先行事例がどのように管理・運営されていくかを期待して見ていきたい。

引用・出典・参考

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