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本連載『ミライのNewPublic』は、政策研究者の小田切未来さんがファシリテーターを務め、「将来の公共の在り方」を各分野の有識者・トップランナーと様々な観点で対談していく連続企画。
第六回目のゲストとして、地域の事業者とユーザーをつなげる見積りプラットフォームを運営「ミツモア」の代表・石川彩子氏をお迎えし、日本の労働生産性の低さに対する考えや多様性を尊重する考え方の重要性についてお伺いしていきます。
女性起業家になるまでのキャリアステップ
小田切 未来氏(以下、小田切):実は石川さんとは、学生時代に官庁訪問でお会いしているんですよね。
あれから約14年、石川さんは外資系コンサルになられた後、世界最高峰のMBAの一つであるペンシルベニア大学ウォートン校へ留学され、現在は自ら起業した「ミツモア」の経営者として働いていらっしゃいます。
このようなキャリアステップの背景には、どういった考えがあったのでしょう?
石川 彩子(以下、石川):私の父親は大学で教授を務めていて、いわゆる「学者肌」の人間でして。子どもの頃から「世のため、人のためになる仕事をするんだよ」と言われ続けてきたんです。
特に私の姉に対しては「医者にする!」という考えが強くて、実際に姉はいま医者として働いています。どうやら姉の性格にも、医者という仕事は合っていたみたいですね。
私に対しても「医者か官僚!」という考えがあったようで。それもあって私も官庁訪問をしたんです。
ところが官庁訪問をする中で「私、ここは合わないかも!」と思ってしまったんです(笑)
小田切:どういった部分が「合わない」と感じたのでしょう?
石川:私はかなりせっかちな性格なんです。
でも、官僚の仕事って、10年20年経ってようやく一人前という考え方ですよね。そういう長期的な考え方が合わないなと感じたんです。
一方で、実際に私が就職した外資系コンサルでは、2~3年で一人前になることを求められます。もちろんハードな仕事ですが、そのスピード感が私には魅力に思えたんです。
政策を作る立場ではなく企業経営の立場から、世のため、人のためになる仕事ができればいいなと思いました。
小田切:外資系コンサルで働いて、アメリカのMBAに留学して、その後に石川さんは起業の道に進まれています。この決断にはどういった考えがあったのでしょうか?
石川:先ほども申しましたが、私は本当にせっかちで。コンサルとして組織をサポートするよりも「どうしても自分でやりたい!」と思うようになって、起業家の道を選んだんです。
小田切:「医者か官僚!」と言っていた親御さんからは何か言われたりしますか?
石川:親は諦めている感じがします(笑)
実は私、国家公務員として内定を貰っていたのですが、それを辞退した上で外資系コンサルに就職したんです。
国家公務員(旧一種)の内定を辞退する割合って100人中3人しかいなかったんですよ。国家公務員の試験を受ける人というのは、ほとんどがそれを長年の目標として頑張ってきている人たちですから。
その100人中たったの3人に私自身がなってしまったことで、親は諦めてしまった感じです。もちろん当時は喧嘩もしましたよ。
小田切:面白いですね。実は私自身は、石川さんとは逆の境遇なんです。親は官僚とかそういう職種はすすめてこなくて、「あなたのやりたいことをやりなさい」という良い意味で放任主義でした。最初は予備校の講師とかになろうと思っていましたし、官僚になろうと思ったのは大学3年生の後半ぐらいからですね。
石川さんと私は逆の境遇のようですが、親の言うことよりも自分の心に突き動かされて行動した、という点で共通しているように思います。
会社員としてのハード・シングスと経営者としてのハード・シングス
小田切:これまでに石川さんが歩まれてきたキャリア形成の中での「ハード・シングス」について教えてください。
石川:外資系コンサルでの仕事も非常にハードでしたが、企業を立ちあげて経営する立場になってからは、それとは別次元の「大変さ」を感じるようになりました。
会社員として働いていた当時は「大変さ」というのは自分の中に閉じ込められるものだったんですね。要は、自分が頑張ればなんとかなるわけです。
ところが、企業を経営する立場にいると、私がひとつ間違いを犯してしまうと、会社そのものに大きなダメージをもたらしてしまいます。私たちのような規模がそれほど大きくはない会社だと、一発で吹き飛んでしまう可能性すらあります。
百数十人という社員の生活にも責任を追いながら、毎月、お金と戦わなければいけない。そのプレッシャーはとても大きかったです。特に創業したばかりの頃は本当にカツカツだったので、備品一つ買うのにも本当に気を遣いました。
小田切:毎月お金と戦うことも大変ですし、社員の生活にも責任を負っているというのも、経営者の大変なところですよね。
石川:特に事業がうまくいっていない時期は、社内の雰囲気も悪くなってしまいます。
ただ弊社の場合は元々、社員同士の仲が良いと言いますか、絆が深い会社であったことで、そういった時期もなんとか乗り越えられました。もしそういう社風を醸成できていなかったら、本当に大変なことになっていたかもしれません。
小田切:なるほど。女性起業家で100人単位の社員を雇用しているケースはあまり多くありません。トップが女性であるという点は、男性である場合と比較して、会社の雰囲気づくりにどのような影響を与えるのでしょう?
石川:女性であることそのものよりも、女性というマイノリティがトップにいることがポジティブに影響しているのかな、と想像します。というのもベンチャー企業のトップって、いわゆるマッチョで体育会系のような人が多かったりしますよね。そういった会社だと社風もそうなりやすいんですけど、やっぱり合わない人も少なからずいるわけです。
その点、私のようなマイノリティがトップだと、社員も「いろんな生き方があっていいんだな」と思いやすいのかなと想像します。
「ミツモア」創業の着想点と今後の未来像
小田切:ローカルサービス市場に特化したサービスマーケットプレイスは、アメリカではユニコーンも登場しているほど注目されている領域です。その日本版ともいえる「ミツモア」の経営者として、日本のビジネス界の現状や課題、将来性をどう見ていらっしゃいますか?
石川:私が一時期いたアメリカと比較すると、日本には「労働生産性が低い」という課題があります。特にサービス業の分野で顕著で、アメリカやドイツと比較すると「アメリカ2:ドイツ1.5:日本1」くらいの比率になってしまっています。要は、日本はドイツの2/3、アメリカの半分しか労働生産性を出せていない状況です。
私は、日本の労働生産性が低いのは「余計なことに時間や労力を費やしている」ことが要因になっていると解釈しています。そういったムダをなんとか出来ないか?という着想点からスタートしたのが、ミツモアという事業なんです。
具体的にミツモアでは、依頼者さんと事業者さん双方にとって「余計な無駄を省けて効率の良い状態でやり取りができる」ことを目標としています。依頼者さんの立場からは、依頼を出したら見積もりがどんどん届く。事業者さんの立場からは、いったん設定すれば自動的に依頼案件が来る。こういった仕組みがきちんと回っていけば双方が労働生産性を高められると思って、事業に取り組んでいます。
小田切:ミツモアの事業を進めるにあたって、課題となっていることなどはありますか?
石川:難しいことは、たくさんあるサービスの業種に対して、それぞれの業種にあった「ミツモア」のサービスの仕組みを作り込むことです。そのためには業種に対する深い理解が欠かせません。その点はこれまでもこだわって取り組んできましたし、今後も努力していきたいところだと思っています。
小田切:ミツモアの今後の未来像について教えてください。
石川:ミツモアでは現在「どれだけ楽に依頼者さんと事業者さんがつながることができるか」を追求しています。
具体的には「見積もりの自動化」です。依頼者さんの依頼に対して、どれだけ正確な見積もりを速やかに出すことができるか。この仕組みの完成を高めていくことができれば、事業者さんが集客にかけるコストを削減すること、さらには事業者さんが仕事により集中できる環境を実現することにもつながります。
もちろん「見積もりの自動化」は依頼者さんにとっても、時間削減の面からメリットがあります。通常であれば2週間かかるような見積もり依頼が、例えば5分で分かるようになれば、その分生産性を上げることにつながります。
女性起業家の立場から政府に提案したい3つの提言
小田切:続いて、もし石川さんが政府のトップに3つ提言できるとしたら、どのような施策を提言するのか、お聞きしたいと思います。
石川:私からは「女性活躍を阻害する制度の廃止」、「リスク&リターンに関する教育」、「多様性を尊重できる社会づくり」の3つを提案したいです。
提言1.女性活躍を阻害する制度の廃止
小田切:「女性活躍を阻害する制度の廃止」について詳しくお聞かせください。
石川:たとえば象徴的なのが「配偶者控除」です。こういった制度があることで、家庭を持っている女性の多くがいわゆる「就業調整」をしてしまう現状があります。女性がフルタイムで働きたい意欲があっても、制度がそれを抑制してしまっているケースが多いわけです。
もちろん政府もこの点を問題視しており、2018年には配偶者控除のルールが改正されて、納税の観点からは壁の上限が少し上がりました。
ただ一方で、税制上の控除も150万円を超えると段階的に少なくなりますし、給与収入が130万円を超えると社会(健康)保険の扶養家族から外れてしまうことになり、社会保険上の壁となってしまっています※。
※別要件では106万円を超えると社会保険に入ることとなる(参考:東証マネ部!)。
弊社でも、数十人もの社員が就業調整をしています。
女性の立場だと、働きたくても働きづらい状況が制度的にある中で、一方で政府や社会的風潮としては労働力の不足や減少を問題視している。「この矛盾は一体なんなんだろう?」と思ってしまいます。
小田切:就業調整は、働き手と会社の双方にとって手間のかかる作業ですしね。
石川:仰るとおりです。経営者の立場からも、本当になんとかしてほしいと思います。少ししか働かないか、完全にフルタイムで働くかのどちらかしか、実質的に選択肢がない状況ですから。
小田切:段階的にでもいいから、廃止してほしいということですね。
提言2.リスク&リターンに関する教育
小田切:続いて2つ目の「リスク&リターンに関する教育」について教えてください。
石川:これは最近、強く思っていることなのですが、日本ではリスク&リターンに対する教育が進んでいないと感じます。
例えば、子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)。HPVワクチンは圧倒的にリターンが大きいワクチンなんです。ところが2013年、メディアが副反応について相次いで取り上げたことで、厚生労働省がワクチン接種の積極的勧奨を中止してしまったんですね。
すると、子宮頸がんで亡くなる方が増えてしまった。日本でいうと、年間およそ3,000人が子宮頸がんで亡くなっています。しかも若い人が多い。私の知り合いの起業家の女性も、子宮頸がんで先日亡くなりました。
HPVワクチンの副反応について厚生労働省の報告を見ると、痛みや運動障害など多様な症状が報告された頻度は10 万接種当たり3.6件程度(参考:厚生労働省結核感染症課 子宮頸がんリーフ_医療従事者用)とされています。
割合にして0.004%以下です。
年間およそ3,000人もの人が子宮頸がんで亡くなっているという事実と、副反応のリスクを天秤にかけた上で、積極的勧奨の中止という判断が果たして適切なものなのか?個人的には疑問を感じています。
小田切:日本は、数学オリンピックでも優秀な成績を挙げていたりしますが、その数学、数理的思考力などをを正しく活かせていない事例もありますよね。。
石川:そうなんです。ある一つの物事に対してメディアがネガティブな話題を大きく取り上げてしまうと、途端にその物事に対して拒否反応を示してしまう。1つのネガティブな事象ばかりに注目が行ってしまい、それ以上に大きなポジティブな事象を無視してしまう。そういう風潮が日本にはあると思います。
そういった風潮を是正するには、小学校、中学校、高校、大学といった教育現場でもそうですし、社会人になってからも生涯教育という意味で、リスク&リターンの教育があった方が良いと考えています。
私の意見としては、キャリアアップ助成金や職業訓練などの仕組みのように、リスク&リターンの教育、あるいは情報リテラシー教育に対しても、政府からの支援があると良いなと思っています。
小田切:行政分野でも「リカレント教育」に対しての取組みはありますが、例えば、文部科学省の年間の全体予算が約5兆円ある中で、リカレント教育に対する予算は確か全体予算額の1%にも満たなかったと記憶しています。そこのところをもっと強化していくべき、というのは非常に同意します。
それとメディアに対する国民のスタンスについて言うと、日本人はメディアが言うことを信じて「同調圧力」を形成しやすい傾向が強いんですよね。メディアが言っていることと反対の意見を言うと嫌われてしまう現状もある。そういった意味では、メディアが言うことを鵜呑みにせずに、自ら情報の正しさを確かめるなどの「情報リテラシー」の教育も非常に重要だと感じます。
提言3.多様性を尊重できる社会づくり
小田切:最後に3つ目の「多様性を尊重できる社会づくり」についてお聞かせください。
石川:ちょうど先ほど「同調圧力」を形成しやすい国民性の話がありましたが、例えばアメリカの場合、色々な人種の人がいて、色々な生い立ちの人がいて、移民も多いということから、全ての国民が共有している「常識」というものが無いんです。
一方で日本は、比較的単一民族に近い国であることから「常識」が形成されやすい。本来であれば多様な意見があって然るべきなのに、みんなが同じ意見になりやすく、それとは異なる意見を表明することを疎む傾向があるわけです。
多様性を尊重するということは、すなわち自分とは異なるものを受け入れる、ということです。拒否感を覚える人もいるでしょうが、一方で、多様性を尊重している組織や会社は大きく成長しやすいというデータもあります。
これについては色んな要因が考えられますが、大きなものとして「忖度する文化が生まれない」ことが挙げられます。忖度する文化がないからこそ、議論が活発になることで、より良い選択肢を選べるようになったりするわけです。社会全体でそうした風潮が生まれる施策が必要だと考えています。
小田切:ミツモアでは、どのようにして組織に多様性を持たせているのでしょう?
石川:まず、外国人の社員を多く雇用しています。アメリカ、ドイツ、あるいは中国など。色々な国の人を雇用して、多様性を持たせるようにしています。それと、バックグラウンドという面からも多様な人材が揃っていますね。元々役者をやっていた人、大手インフラ企業で働いていた人、あるいはIT企業出身など。
人間は誰しも、時と場合あるいは判断の基準次第で、マイノリティに属するんです。例えば私の場合は、日本に住んでいる日本人という意味ではマジョリティですけど、女性経営者という立場を見るとマイノリティです。また弊社は若い社員が比較的多いですが、この中に年配の方が入ったらマイノリティになります。しかし、逆に年配の方が多い企業だと、若い人材がマイノリティになる。
つまり、誰かがマイノリティになったとしても心地よさを感じていられる環境づくりが重要なんです。それはすなわち、マジョリティによる明文化されていない忖度がない、誰もが自分の意見を言いやすい環境です。
小田切:政策提言という考え方からいうと、多様性の尊重あるいは確保のためには、具体的にどのような取り組みが必要でしょうか。
石川:例えば日本では、外国人が企業で働こうとすると結構高いハードルがあるんです。例えば「技術・人文知識・国際業務」のビザで就労しようとする場合には、それらの職種に関係する大学学部を卒業していることなどが要件になります。
日本人の場合は、どこの学部出身であろうと、採用試験を受けること自体は自由ですよね。多様性確保のためには、このような制度的なハードルを低くする取り組みが必要だと考えています。
小田切:極論を言えば、宇宙工学を学んでいた人材がミツモアのようなWebサービス開発の会社で働いたって別に構わないじゃないか、という話ですよね。外国人以外ではどうでしょうか?
石川:他にもLGBTQの話をすると、日本では伝統的な価値観が社会に根強いがために、性の多様性を受容しづらい社会的風潮になっているように感じます。その点も、もっと多様性を尊重する考え方を広めるような取り組みをしてほしいと思っています。
性の多様性を尊重することが、日本の伝統的な価値観・家族観とそぐわないと不快に思う人はいるでしょう。でも、それにより今まで社会から自分を否定されるような気持ちを抱えていた人達が救われるとしたら、そちらのほうが圧倒的に幸せの総量の多い社会になるのではないでしょうか。
何より、伝統的な価値観に縛られてばかりでは、国や組織としての成長可能性も閉ざされてしまうと思います。
小田切:仰るとおりですね。
オーストリアの経済学者シュンペーターも「イノベーション」の概念を提唱した際に「新結合」という言葉を使っているんです。私は多様性を尊重することの本質もこの「新結合」にあると思っていて。
つまりは、異なる発想同士が交わることで初めて、まったく新しい価値が生まれる。これこそが真の「イノベーション」だと言えます。
石川さんからは、政策提言に関する課題感として、女性活躍推進が抱える制度的なジレンマや、リスク&リターン教育の重要性、外国人材が働く上でのハードルの高さ、あるいはLGBTQに対する拒否反応など様々な事象をご提示いただきました。
これら全ての事象の根底にあるのが、多様性を尊重できない日本の価値観の不寛容さであり、そしてこのことは石川さんに最初にご提示いただいた「日本の労働生産性の低さ」に結実してしまっていると考えられます。
逆にいえば、多様性を尊重できる考え方が広まれば、国あるいは組織として大きく成長できる可能性があると捉えることもできるわけです。今回のインタビューで石川さんのお話を聴く中で、そのことを再認識できました。
(インタビュアー:小田切 未来、執筆:小石原 誠、編集:深山 周作、デザイン:白鳥 啓、写真撮影:田中舘 祐介)