「eスポーツはスポーツか否か?」。政策的な位置づけを整理してみた|日本のeスポーツ政策について知ろう(前編)

7月から開催予定の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、政治とスポーツの関係について政府資料等を読み解きながら解説していく本企画。

今回は、スポーツの政策やビジネスの中で最もホットなトピックスであると同時に、様々な観点から議論が展開されている新たなスポーツ分野「eスポーツ」について、政策的な観点から経済効果や社会的な意義について解説していこう。

eスポーツはスポーツか否か?

明確な定義が存在しない「スポーツ」

eスポーツの経済効果や社会的意義の話に入る前に、そもそもeスポーツはスポーツだと言えるのか?という疑問について考えていこう。

まず、「スポーツ」という言葉について、日本のスポーツ政策の要である「スポーツ基本法」においてどのように定義されているのかを見てみよう。

第2期スポーツ基本計画」(文部科学省)より引用

スポーツ基本法では、スポーツとは「心身の健全な発達、健康及び体力の保持増進、精神的な充足感の獲得、自律心その他の精神の涵養等のために個人又は集団で行われる運動競技その他の身体活動」と定義されている。

ここで注目すべきは「その他の身体活動」の部分だ。

一見するとeスポーツは身体を動かさない競技に見えるが、実査には手元のコントローラを中心に手指を動かすものである。従って、eスポーツは身体活動を伴う立派なスポーツだ、というのが賛成意見のひとつだ。ちなみに同様にスポーツとして定義されるものとして、囲碁や将棋などといったマインドスポーツも挙げられる。

もちろん一方で、これらのような規模の小さい動きをスポーツの身体活動と捉えることは妥当ではない、従ってeスポーツはスポーツではない、という反対意見もある。

このように、eスポーツに関する議論が難しくなっているのは、「スポーツ」の定義として身体活動の「量や種類」について定義をすることが難しいことが一因となっている。

もちろん、身体の稼働範囲や速度、加速度などといった身体活動的な要素により定義づけを行なうことは不可能ではないだろう。しかし、そうした場合、eスポーツ以外にも「スポーツか否か」の論争が発生してしまう問題がある。例えば、実は日本のスポーツ実施率を種目別に見ると最も人口が多いのはウォーキングだが、ウォーキングと一言で言っても、身体活動の強度はかなり幅が広い。数100mの道のりを数分歩くのも、数キロの道のりを1時間近く歩くのも同じウォーキングだ。

要は、スポーツについて身体活動的な要素から定義づけをしようとすると、今は「スポーツ」として捉えられている多くの種目について再考する必要が生じてしまうのだ。

そのため、「スポーツ」という言葉については明確な定義がなされないまま、フィールドに応じて一応の定義づけを行なった上で議論が展開されている。要は、その場によって「スポーツ」の捉え方を変えるという運用がされているという訳だ。

このような状況において、「eスポーツはスポーツか否か?」と問われれば、少なくとも現時点においては「スポーツと言える側面もあるし、言えない側面もある」と答えるしかないのが実状だと言えよう。

スポーツの国際大会とeスポーツ

スポーツ界におけるeスポーツの立場の不確定さは、スポーツの国際大会における扱われ方を見ればよく分かる。

まずオリンピックにおいては、少なくとも2020東京大会までの時点では、eスポーツは種目に含まれていない。IOC(国際オリンピック委員会)でもeスポーツをスポーツとして認知するか否か(≒将来的にオリンピック種目に採択するか否か)について議論が進められている途中だ。現在、2024パリ大会での正式種目採択を目指した活動も展開されているが、正式に採択されるまでに超えるべきハードルは低いとは言えないだろう。

だが一方で、アジア大会においては2018ジャカルタ大会にてデモンストレーション種目として実施、そして2022杭州には正式種目として採択される予定となっている。ちなみに、2018ジャカルタ大会では日本代表が金メダルを獲得している。

もちろん、これら国際大会で実施されないからといってスポーツと言えない訳ではないが、このような国際大会の舞台において「スポーツ」として認められることは、特に立場が不確定であるeスポーツにとっては大きな意味があると言えるだろう。

日本のスポーツ政策におけるeスポーツ

スポーツ基本計画におけるeスポーツ

ここまで、eスポーツのスポーツとしての立ち位置の不確定さについて述べてきたが、日本のスポーツ政策の指針であるスポーツ基本計画においては、「eスポーツ」という名称は出てこない。

ところが、スポーツ基本計画では施策目標のひとつとして「スポーツの成長産業化」を掲げ、「スポーツ市場規模5.5兆円を2020年までに10兆円、2025年までに15兆円に拡大することを目指す。」と明記している。実はこの「スポーツ市場規模5.5兆円」には、スポーツ関連ゲームソフトやスポーツ関連ビデオといった「ゲーム・ビデオ」分野の市場規模が含まれているのだ。

「2020年を契機とした国内スポーツ産業の発展可能性および企業によるスポーツ支援」(日本政策投資銀行)より作成

2012年時点では、ゲーム・ビデオ分野の市場規模はおよそ30億円であり、スポーツ市場規模に占める割合はわずか0.5%と小さい。しかし、スポーツ基本計画が施策目標に設定しているKPIの構成要素にゲーム・ビデオ分野が含まれることは、eスポーツがスポーツ政策におけるプレイヤーの一つであると捉えられていることの証左と言える訳だ。

eスポーツの経済効果

スポーツ基本計画において、スポーツ市場規模拡大のKPIに組みこまれているeスポーツだが、具体的にはどのくらいの経済効果を期待されているのだろうか。

これについては、日本eスポーツ連合が経済産業省からの委託事業として開催した「eスポーツを活性化させるための方策に関する検討会」の報告資料にて詳しくまとめられている。

日本のeスポーツの発展に向けて~更なる市場成長、社会的意義の観点から~」(日本eスポーツ連合)より引用

2018年時点でおよそ44億円と推定されののているeスポーツ市場規模は、2022年には倍以上の91億円に達すると予測されている。そして2025年には、更に数倍の600~700億円まで成長することが長期目標として試算されている。

先述のとおりスポーツ市場全体の規模は、5.5兆円を2025年までに15兆円まで成長させることがKPIとして設定されている。これでも約3倍と大きな成長なのだが、特にeスポーツ市場は大きな成長幅が期待されている訳だ。

eスポーツの社会的意義

続いて、eスポーツを政策として活性化していくことに対して見出されている社会的意義についても見てみよう。

日本のeスポーツの発展に向けて~更なる市場成長、社会的意義の観点から~」(日本eスポーツ連合)より引用

ここでは、第2期スポーツ基本計画で定義された「スポーツの価値」をフレームとして設定し、「人生を楽しく健康で生き生きとしたものにする」「共生社会や健康長寿社会の実現、経済・地域の活性化に貢献できる」「『多様性を尊重する世界』『持続可能で逆境に強い世界』『クリーンでフェアな世界』の実現に貢献できる」といった3分類に分けて社会的意義が提唱されている。

注目すべき点はいくつかあるが、例えば「高齢者・障害者向けの生きがい創出プログラム」といった取組も、eスポーツの社会的意義を発揮する施策として提案されている。高齢者がゲームをプレーすることで生きがいを見出せるのだろうか?という疑問が出てきそうだが、意外にも地方自治体レベルでは既に多くの先行例がある。

また、2019年の茨城国体ではeスポーツが初実施されたり、あるいは全国高校eスポーツ選手権大会が開催され文部科学省が後援につくなど、少しずつではあるが、eスポーツの政策が具現化され始めているのだ。

まとめ

今回は、スポーツの政策やビジネスの中でも議論が進められている新たなスポーツ分野「eスポーツ」について、政策的な観点から経済効果や社会的な意義について解説してきた。

「eスポーツはスポーツと言えるのか?」という根源的な問いに対する答えこそ提示されてはいない。しかし、eスポーツは経済的なポテンシャルが大きく、社会的な意義についても明確に提示可能であることから、活性化の取組が政策として進められ始めている。

そこで次回は、政府や地方自治体等が取り組んでいるeスポーツ政策について、実例をご紹介していきたい。

引用・出典・参考

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