今回は、組織運営や役員人事に関する様々な法的ルールについて理解することで、今世間をさわがせている、東京オリンピック組織委員会における会長人事の騒動の根本的な問題点を読み解いていこうと思う。
前回は前編として、そもそも組織委員会とはどのような組織であり、そのトップである会長はどのような役割を担っているのかを、法律と定款を基に解説してきた。
後編では、実際に今回の会長人事に関わる騒動の根本的な問題について追究していこう。
組織委員会の会長人事
設立時の会長選定プロセス
まずは、組織委員会の設立時における会長選定プロセスについて。
組織委員会においては「会長」という肩書が採用されているが、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」(以下「一般法人法」)においては「代表理事」という呼び方が規定されている。
そしてこの代表理事は、財団設立時に選任しなければならない旨が一般法人法で規定されている。
東京オリンピックの組織委員会の場合は、2014年4月に組織委員会の共同設立者であるJOCの竹田恆和会長と東京都の秋山俊行副知事のほか、JPCの島原光憲委員長、下村博文文部科学大臣、そして森喜朗氏が集まり「東京オリンピック・パラリンピック調整会議」が開催され、この場でまずは評議員、理事、監事が選任。
その後、設立後最初の理事会が開催され代表理事として森氏が選定、というプロセスを辿っている。
ちなみに、産経新聞によると、政府側はキヤノンの御手洗冨士夫会長やトヨタ自動車の張富士夫名誉会長にも会長就任が打診されたものの両者とも固辞した旨が報道されている(ただし御手洗氏はその後「名誉会長」に就任している)。
この会長選定プロセスで重要なのは「理事会で会長を選任した」という点だ。というのも先述のとおり、一般法人法において一般財団法人の設立時には「設立時理事は、設立時理事の中から一般財団法人の設立に際して代表理事となる者を選定しなければならない」旨が定められているからだ。
先述のとおり森氏以外にも「打診」をされた候補者がいたことからも、理事会による会長選定はあくまで形式的なプロセスであったことが伺える。だが、たとえ形式的であっても法で定められた「正しいプロセス」を踏むことがいかに重要かは、法令順守の観点はもちろんのこと、昨今の会長人事騒動に対する世論の反応を見ればよく分かるだろう。
会長の変更プロセス:①現会長の退任
次に、まさに今騒動となっている会長の変更プロセスについて、組織委員会の「定款」から解説していこう。
まず、変更プロセスは、2つの段階に分けることができる。「現会長の退任」、そして「新会長の選任」だ。
「現会長の退任」は2パターンあり、退任は自ら職務を退くことを申し出る「辞任」と、他者から職務を説かれる「解職」となる。
組織委員会の定款では、まず「辞任」については第27条3項にて「理事又は監事は、任期の途中においても辞任することができる。」と定めている。
一方で「解職」については、第31条(3)で理事会の権限として「会長、副会長、専務理事及び常務理事の選定及び解職」が定められているほか、第16条(1)では評議員会の権限として「理事、監事及び会計監査人の選任及び解任」が定められている。
少しややこしい話ではあるが、ここでは重要なポイントが2点ある。
1点目が、一言で「会長を辞める」といっても、実際には「会長は辞めるが理事としては残る」場合と「会長と理事の両方を辞める」場合の2つのパターンがあること。そしてもう1点は、会長もしくは理事を解任する権限は組織委員会の中にしかないことである。
まず、森前会長が会長だけを辞め理事として残るのか、それとも理事としても退くのかは、現時点では何とも言えないというのが著者の感想だ。
2月12日に行なわれた理事会と評議員会の合同懇談会における森前会長の発言は「今日をもちまして会長を辞任をいたそうと、こう思っております。」というものであり、字面のみ捉えると「会長としては辞めるけど理事としては残る」というニュアンスが読み取れなくもない。
だが、定款の第27条の規定を考慮すると、自らの意思で「会長だけ」を辞めることは、定款上はできないものと解釈できる。とはいえ、もし森前会長に理事として残る意向があるとして、理事会がその意向を酌めば、第31条の「解職」の規定を利用して「会長」としてのみ解職することも可能だろう。
2点目に、会長もしくは理事を解任する権限は組織委員会の中にしかない点について。
これは国際オリンピック委員会が「五輪憲章」にて示している政治的な中立性の確保の観点から、非常に重要な要素である。国会議員の中から「小池都知事と橋本五輪担当大臣に権限と責任があります」といった意見が出されもしたが、これは完全な事実誤認という訳だ。
会長の変更プロセス:②新会長の選任
現会長が退任したら、次に新たな会長を選任する必要がある。いま世間を騒がせている人事騒動の肝が、まさにこの新会長の選任方法だ。
まず、定款の第24条2項にて「会長、副会長、専務理事及び常務理事は、理事会の決議によって選定する」と規定されている。要は、前会長である森氏には、次期会長を指名する権限がない訳だ。
さらにもうひとつ。実は川淵氏は組織委員会の評議員に名を連ねている。そして定款では第11条2項で「評議員は、理事及び監事を兼務することはできない。」と規定されているのだ。定款の規定上、川淵氏が新会長に選任されるには、まず評議員会において評議員を解任されるか自ら辞任してから、あらためて理事として評議員会に選任され、そして理事会において代表理事として選任される、というプロセスを踏む必要がある。
世論では「森氏の意思を継ぐような人材が次の会長として選ばれるのはおかしい」といった道義的なニュアンスの反対意見が見られるが、定款で定められている新会長の選任方法を読み解くと、「森氏から川淵氏への禅譲」は、そもそも論としてプロセス的な観点から問題があることが、これで分かるだろう。
ちなみに現在、森前会長の後継候補としてさまざまな名前が挙がっているが、例えば室伏広治スポーツ庁長官や丸川珠代参議院議員は、現時点ですでに理事であるため理事会内で選任のみで会長就任が可能だ。一方で、橋本聖子・五輪担当大臣にも注目が集まっているが、大臣は公益法人の役員になることができないため、大臣を辞任してから組織委員会の理事として選任されなければならない。
森喜朗氏の後任会長は誰に? 最有力の橋本聖子氏は難色か|毎日新聞
後任会長、週内絞り込み 委員、経過は非公開 五輪組織委|毎日新聞
会長人事騒動の根本は「正しいプロセスの軽視」
今回の会長人事騒動の根本は「正しいプロセスの軽視」にある、とまとめることができる。
一部メディアでは、川淵三郎氏への禅譲に政府が難色を示した旨が報道されている。先述したとおり「五輪憲章」にて示されている政治的な中立性の確保を鑑みると、「政府が組織委員会の人事に口を出す」ことは憚られる行為とも捉えられる。しかし、川淵氏が就任することではなく、森前会長から川淵氏への禅譲というプロセス自体を問題視した指摘と考えれば、物言いとしては筋が通っている訳だ。
川淵氏の組織委員会会長就任、一転白紙 政府内から批判|スポニチアネックス
もちろん、組織委員会の評議員および理事会が内的に意見を一致させれば、表向きには正しいプロセスで、川淵氏への禅譲という森前会長の意向を実現することは理論上可能だった。
しかし、森前会長が本来正しいプロセスを理解していたか否かはさて置き、「川淵氏への禅譲」という目的ありきの内談が明るみに出てしまったことでかえって国民だけではなく政府からもNOを突きつけられてしまったというのが、今回の人事騒動の顛末だ。
まとめ
著者個人的には、会長として東京オリンピックの開催準備にここまで尽力してきた森前会長が、成果を評価されないままに退任を迎えるのは、どこか気の毒な思いもするのが正直な本音だ。
また、結果として経験と実績がある川淵氏を次期会長として選任できなかったことも、川淵氏の心情を慮るとやるせない思いがする。
しかし、今回の会長人事騒動の発端となった「女性蔑視ともとれる発言」や「正しいプロセス」を軽視するといった言動は、オリンピズムの根本原則や組織ガバメント、そしてジェンダーバランスなどの観点から、許されないものだと言わざるを得ないだろう。
そういった意味では、今回の騒動に対してメディアや国民から批判の声が上がったことは、スポーツ界はもちろんのこと、この国全体にはびこる古い価値観に基づく社会問題を、白日の下に曝け出した重要なターニングポイントなのではとも考えられる。
さらに言えば、長年、森氏や川淵氏といった限られた人材に頼り切りであったことこそが、閉鎖的と批判を浴びている日本のスポーツ政治の世界が変われなかった要因であり、今回の騒動の引き金にもなってしまったと言えよう。
このことについては、JOC評議員の松田丈志氏も「リーダーシップをとれる若い世代が引っ張るようにならなければ多様性は生まれない」と指摘している。
前回の1964東京オリンピック開催から57年。この半世紀の間でこの国は、インフラや経済といったハード面で大きく発展してきた。ここから先は、ソフト面として人々の価値観をバリューアップさせていくべき場面ではないだろうか。
(記事制作:小石原 誠、編集・デザイン:深山 周作)