【遺伝子×政策】政策こそ、「生命科学的思考」が必要だ。

政策起業家・研究者の小田切未来氏がファシリテーターを務め、「将来の公共の在り方」を各分野の有識者・トップランナーと様々な観点で対談していく連載企画『ミライのNewPublic』。

第二回目は、”起業家・経営者”と”生命科学研究者”の2つの顔を併せ持つ高橋祥子氏と「生命の原理原則」から社会の課題、仕組みについて議論していきます。

起業は、あくまで手段。

――おふたりはご友人だとお伺いしました。

小田切 未来氏(以下、小田切):高橋さんとは、共通の知人を通じてお会いしたんです。高橋さんがジーンクエストを立ち上げる前後の時期で、早稲田大学の講演で一緒に登壇したのですが、「社名の”クエスト”は、ドラゴンクエストが由来!」とか、そんな話を聞いた記憶があります(笑)

小田切未来(おだぎり・みらい)

1982年生まれ。政策起業家・研究者。東京大学大学院公共政策学教育部修了、米コロンビア大学国際公共政策大学院修了、修士(公共政策学・経済政策管理)。2007年経済産業省入省(旧:国家一種経済職試験合格))後、複数課室に勤務。2015年にNewsPicks社の政治・政策分野のプロピッカーに選出。2018年に一般社団法人Public Meets Innovation を共同創設、理事。2020年より東京大学未来ビジョン研究センター特任研究員に着任するとともに、株式会社Publink社の政策プロフェッショナルとして、プロパブリンガルに選出。中学校・高等学校教諭一種免許状(数学)取得。

※発言は、所属組織の見解を示すものではなく、個人的見解です。

高橋祥子氏(以下、高橋):ジーンクエストの設立は2013年なので、かれこれ6~7年の付き合いになりますね。

高橋祥子(たかはし・しょうこ)

ジーンクエスト代表取締役。2010年京都大学農学部卒業。2015年東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻博士課程修了。2018年株式会社ユーグレナ執行役員就任。受賞歴に経済産業省「第二回日本ベンチャー大賞」経済産業大臣賞(女性起業家賞)、「日本バイオベンチャー大賞」日本ベンチャー学会賞など。

小田切:高橋さんと言えば、「研究者でありながら起業家や経営者でもある」という経歴が目を惹きますが、そのような道をなぜ選ばれたのでしょうか。

高橋:起業したのは「したかった」からというより、研究をしていく過程で「結果、そうする必要性が出た」からなんですよね。

小田切:どういうことでしょうか。

高橋:研究自体をもっと進めていくことはもちろん、研究成果をきちんと社会実装していきたかったんです。そう考えると『研究』と『事業』の両輪を回していかなくてはいけないと思い、その手段が起業でした。

研究成果を「遺伝子解析サービス」という形で社会に提供しながら、結果的にデータが蓄積され、研究も進み、社会にフィードバックされるサイクルをつくっています。

だから、研究者でいるときも経営者でいるときも、モチベーションは変わらず、「サイエンスの力で社会にいいことをしたい」ということを考えているだけですね。

小田切:私も官僚をやり、一般社団法人を立上げ、いまは東京大学に在籍して、、、というキャリアを指して「小田切さんは何がしたいんですか?」と聞かれますが、創業・起業なり、職業なり、研究なり、そういったものは自身の実現したいことに対するソリューションであり、手段でしかないと思っています。

批判が起きるのは、挑戦と多様性の裏返し

小田切:ただ、そうして色々チャレンジをすると、逆境もあったのではないですか。

高橋:辛かった時期といえば、起業した当初ですね。

それまで研究一筋で就職経験すらなかったので「会社というものがなにかも知らないままに会社をつくる」という感じで(笑) 

専門家である自分と一般的な遺伝子の知識や認識にどれくらい隔たりがあるのかも、あまり分かっていませんでした。なので、最初に立ち上げたときの世間の反応は、私の想像とは違いましたね。

小田切:どう違ったのでしょうか。

高橋:まず、想定以上に批判をいただきましたね。

ジーンクエストでは、ユーザーに検査キットを送って、その結果から体質や疾病リスクなどの多種多様な解析結果をWebサイトで閲覧出来るという遺伝子解析サービスを提供しています。

ただ、大規模なゲノム情報をインターネットを通じて提供すること自体がいままでなかったので「そんな情報をインターネットで軽々しく扱うな」とか「危ないんじゃないか!?」といった様々な批判がありました

ジーンクエスト社Webサイトからキャプチャ抜粋

小田切:立上げ当時ということは、それが2014年頃の遺伝子解析というものに対する世間の反応だったということですね。

高橋:よくわからないから怖くて反対みたいなのも結構あって、、、「なんで、良いことしようと頑張ってるのに、こんな批判されなきゃいけないんだろう」というのが辛かったですね。メディアでも批判されて、ネガティブなメールが1日100件以上来てたり。

もちろん賛成の声もたくさんいただいたんですが、でも、こうした賛否両論が起きるということは逆に新しいことをやっているからだって思ったんです。

だって、例えばラーメン屋を始めても世間から批判はされないじゃないですか。批判されないということは、それが世の中に定着している新しくないことだからです。

それに私のような新しいことが好き人だけでなく、保守的な人もいて、多様性があるから種としての生存可能性が高まるわけじゃないですか。

小田切:私も購入させていただきましたが、最近の著書でも、種の多様性についても書かれていましたね。

生命科学的思考|著:高橋祥子

高橋:みんなが私みたいに新しいもの好きで多様性がなかったら、多分人類は絶滅してしまうんですよ。保守的な人もいろんな考え方の人がいることによって私含めた種の生存の可能性が上がっているということです。

だから、私を批判する人たちにも感謝をして、出来る限り会いに行って二時間、三時間と向き合って、話をしにいきました。

小田切:批判をしていた人にひとりずつですか。それは大変ですね。

高橋:批判されているのが分かってて行くので、会いに行く前はかなり気が重くて辛かったですけど、徐々に批判がアドバイスに変わって、メディアでの発信やセミナーを開催したり、コツコツとコミュニケーションを重ねて行きました。

いまでは遺伝子解析サービス自体が悪いというような批判はほとんどいなくなってきたように感じます。

小田切:だいぶ世間の反応が変わってきたんですね。

高橋:新しいテクノロジーが社会に出てくると、必ず新しいリスクも出てきます。例えば、インターネットもそうですよね、便利になるけどインターネット犯罪も増える。

最初は危ないんじゃないかとか批判が溢れていて、徐々にメリットが享受されて、「では、それをどう乗り越えるか?」という議論になってくる

個人向け遺伝子検査もそのフェーズになってきていて、遺伝子差別やカウンセリングの必要性やルールなど、リスクが洗い出されて、論点が整理されてきました。

今年度、経産省で「消費者向け(DTC)遺伝子検査ビジネスのあり方に関する研究会」も行われていて、遺伝子情報を用いた事業を適切に運用するためのルールやガイドラインについて、議論が増えてきたと思います。

小田切:なるほど。どんどん市場に事業が浸透していく中で、今後注力されていきたいことはありますか。

高橋:色々ありますけど、まず挙げるとしたら創薬研究の支援。昨年11月にニュースリリースを出しましたが、ジーンクエストとIQVIA ジャパングループで協働し、「Genome Wide Study Platform」を製薬企業向けに提供していきます。

Genome Wide Study Platformによる仮説構築支援の概念図|@press

高橋:あとは、遺伝子検査サービス自体を「まだ、知らないからやってない」という人に、もっと認知を広めていきたいです。

他にもサイエンス含めて、技術領域で日本が勝っていくために個人的にはテックベンチャー支援もしていて、内閣府の「大学支援フォーラム(PEAKS)」で委員もやっています。私の専門性で貢献できるところには顔を出したりもしていますね。

生命科学的見地から政策を考える

小田切:そういえば、お子さんが生まれたのは昨年の、、、いつ頃でしたっけ。

高橋:2020年4月なので生後半年以上経ちましたね。

正直、あまり自身を「女性」として意識して来なかったんですけど、妊娠、出産、育児を経て、色々気付くことが多かったですね

小田切:実際にご自身で体感してみていかがでしたか。

特に女性起業や女性活躍の視点について、お伺いしたいですね。「あ、ここを支援してくれたら良いのに…」とか、公私ともにかなり大変だったんじゃないかと思いますが。

高橋:よく出産の衝撃って交通事故レベルと言われますけど、身体的にとてもしんどかった(苦笑) 私の場合、子どもが大きかったのもあって、出産後は1カ月ぐらいは歩けなかったですから。

こんな大変なこと(妊娠、出産)を女性だけが担うんだったら、そりゃ女性の社会進出遅れるわと思ったんですよね。

それに”人間の赤ちゃん”って生物として、哺乳類でも極めて弱いんですよね。世話をしてくれる親がいないと食べ物へもアクセスできない。

馬であれば生まれた瞬間に走り出すわけですからね。

ただ、人間は集団生活によって、みんなでフォローすることで、その弱い部分を持ったまま進化することができた。脳の発達に15~20年かけて、成長していくんですね。

出産においても、人間は母体の骨盤の大きさと胎児の頭蓋の大きさが最もギリギリで、同じ霊長類であるチンパンジーなどより出産による死亡率も高いんです。その弱い部分を集団による子育てで守ってこれたんですよ。

小田切:生命科学者である高橋さんらしい視点ですね(笑)

高橋:そうしたことを考えると「遺伝子の基本的なパッケージ」と「現在社会の構造」が、非常にミスマッチだと感じるんですね。政策も遺伝子から考えた方がいいと思います。

小田切:「政策も遺伝子から考えた方がいい」…なるほど。凄いパワーワードが出ましたね(笑)

高橋一部の人に育児の負担を寄せることが、そもそも遺伝子や人類が行ってきた「集団での子育て」で生物的な脆弱性を克服してきたことに反しているので。

例えば、保育園の無償化や育児手当も、基本的に頑張って稼ぐほど貰えない。「そういう家庭は、自分たちで子育て頑張って」と突き放されているようで、それで女性の社会進出と謳うのは矛盾を感じます。

もちろん、そうした制度や性差には色々な背景があると思います。

「女性が育児する」という風潮も、家庭内の収入格差があるため、収入が多い方が働いて、収入が少ない方が育児するという家庭内格差が挙げられます。

それをさらに深掘れば、学歴の問題があり、大学に入る前の教育の問題があり、教育の問題には親の問題があり、、、と挙げれば挙げるほど要因は様々あるのでどこからメスを入れていくかという議論はありますけど、「女性の活躍」を考えるなら、育児の社会的補助から変えていくべきだと私は思いますね。

小田切:ご指摘の通りだと思います。

高橋:お金の問題というよりも「社会みんなで育児をしよう」という仕組みをどう作るかが重要で、金銭的補助はそのソリューションとして考えられるもののひとつに過ぎません。

本来なら、子ども1人に大人4人ぐらいのチームで育児するべきなんです。たとえば両親とその祖父母だったり、保育園の先生とか。

会社経営と一緒だと思っていて、育児は一人でするものでは決してなく、どういう組織で、チームで行うべきかという話だと思います。

小田切:女性の社会進出に、そうした育児を全体で支援していく仕組みが間接的に寄与していくということですかね。

高橋:そうですね。

女性の社会進出がなかなか思うように進まないのは色々な理由もありますが、育児支援が要因のひとつであるのは間違いありません。

いま進んでいるテレワークや副業・兼業・時短などの働き方の自由化も重要ですね。

ただ、年収1200万円以上の世帯は児童手当廃止する法案が閣議決定されたり、いまはその逆になっているように感じますが。

小田切:起業家自体を増やすにはどうしたらいいのでしょうか。

高橋:極端な話をすると10人の起業家のコミュニティに、1人を入れたら、その1人は起業しちゃうんじゃないかなと思いますね。

私も、たまたま同じ研究室にビジネスもやっている人がいたから、選択肢に気付いて、起業しましたけど、そもそも身の回りにそうした機会がなければ『起業』という選択肢がないように思います。

周りの人からの影響は大きく、「環境をどう設計するか?」が重要だと思います。

「もし、総理大臣になって、3つまで変えることができる」としたら

小田切:最後の質問なのですが、「もし、総理大臣になって、3つまで変えることができる」としたら、具体的に何をされますか。

高橋:沢山したいことはありますけど、3つに絞ると、『科学投資』と『育児支援』と『教育』ですね。

科学投資は、言うまでもなくどんどんアメリカ、中国に置いていかれてる状況になっています。

私の専門分野であるライフサイエンス系も、今はまだノーベル賞を受賞するような方がいます。ですが、それは何十年か前の結果に対する評価であって、このまま30年後ぐらいになったら日本は置いて行かれる状況になっているでしょう。

高橋:政府でもムーンショット型研究開発制度とかでやっているとは思いますが、全体的に見れば金額的にも、支援の数的にも全然足りないんじゃないかと。

それに政府や科研費だけではなく、サイエンスや技術にお金が行く仕組みが必要です。色んなファンドが運用先に困っていますし、大学で債券を発行する大学債などの仕組みも面白いですよね。

小田切:2つ目の育児支援はいかがですか。

高橋:これは先ほど言った通りではあるのですが、育児支援なしに女性活躍推進はあり得ないですね。

繰り返しますが「遺伝子の基本的なパッケージ」と「現在社会の構造」がミスマッチになっていて、育児はそれが顕在化されている領域だと思います。人間の子育ては、一部の人に育児の負担を寄せて成立するように出来てはいません。

先ほどの育児手当もそうですが、足元的なところで『母子手帳』なんかも、「パパはママの育児は少しでも楽になるようにできることから手伝いましょう」とか書いてあって、世の中の随所に「育児や家事は女性のもの」という空気があると思います。

「社会みんなで育児をしよう」という仕組みを広げていく必要があります。

小田切:例えば、1946年からフランスでは、所得課税に『N分N乗方式』というものが取り入れられています。

簡単に言えば、「子どもの数が多ければ、税負担が軽減される」という世帯単位課税です。日本に合致するかは分かりませんが、子育て世帯への支援策は様々な面から考える余地がありそうですね。

※参考:子育て支援税制の検討|大和総研

高橋:3つ目の教育も、遺伝子的な観点から話していきますね。

そもそも、教育がなぜ必要なのか。

言語や計算とか、必須で習うものは、遺伝子に刻み込まれて生まれてきた方が良いと思いませんか。

鳥がコミュニケーションのための鳴き方を教わることなく身に着けているように。人間でも、歩くや食べるといった行為が基本パッケージとして組み込まれているように。

でも、そうじゃないのは、結局は時代の変化の方が早いため、遺伝子に刻み込むよりも、生まれてから変化に対応できるようにした方が良いからです。言葉も、教養も、常識も、ドンドン変化していくので。

だから、変化の早さの時間軸的に、遺伝子に搭載するのではなく、教育にそれらを組み込んでいく方が適切なんです。

でも、肝心の『子供に対する教育の内容の変化のスピード』が遅い。遺伝子から鑑みた教育の必要性から、矛盾してると思うんですよね。

例えば、ヒトゲノムが解読されたのは2003年ですけど、いま私と同じく30歳前後より年配の人は義務教育の教科書に載っていなかったから、知らないわけです。知らないといけないことは、変わっていくのに、教科書を変えるのにはめちゃくちゃ時間が掛かる。

つまり、必要なのは『教育を変える』ことではなく、『教育を変化させるスピードを変える』仕組みだと思います。

小田切:仰る通り、教育は国家百年の大計と言われており、100年後の日本を支える人物をつくるために長期的視点で人を育てることが重要である一方で、変革の難しい領域になっています。

ただ、私たちの生物的な在り方から「そもそも、なぜ教育をする必要があるか?」を考えれば、教育もアジャイル的に変化すべきということですね。

高橋:特にいまの教育では「暗記」が多いですよね。生物もそうですし、数学なども公式を覚えればいいみたいな。でも、早い変化の中では「物事をどのように捉えるか?」という力を養うような教育が重要になってくると思います。

高橋:なんか、「あれやって、これやって」と言ってばかりになっちゃいましたね(笑)

小田切:いや、私たち人間の”生き物としての造り”と、私たちがつくってきた”社会”とのズレについて議論が出来て、面白いお話でした。

高橋:そうですね。

生物としての機能や性質から「どう行動するか」を考えて、社会の制度や仕組みを設計することが大事じゃないかと思います。

アダム・スミスの『国富論』に『神の見えざる手』がありますよね。各個人が自身の欲求のままに(投資などに)動いても、”あたかも”見えざる手があるかのように自然と経済が上手くいくという。

ただ、アダム・スミスはその前作として『道徳感情論』という本を出していて、そこでは人間は道徳性を持っているため、「欲望だけに走らないよね」と書かれています。

その前提があっての『神の見えざる手』だと考えれば、欲望に任せて資本市場を加速させすぎるのではなく、道徳感などを前提に置くべきです。

(取材協力:株式会社ジーンクエスト、インタビュアー:小田切 未来、記事・編集、デザイン:深山 周作、写真撮影:田中舘 祐介)

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