【挑戦】なぜ、経産省からfreeeに転職したのか。立ちすくむことなく、未知に飛び込むキャリアづくり。

3年前、100万件以上もダウンロードされる政府資料があった。
通称「経産省若手ペーパー」。

元経産省官僚で圧倒的危機感を書き綴ったその資料を制作したプロジェクトメンバーでもあった山本 聡一さん。

現在は「スモールビジネスを、世界の主役に。」というミッションの元、クラウド型会計ソフトを皮切りに、人事労務や会社設立支援と、スモールビジネスのバックオフィス業務を効率化するクラウドサービスを開発・提供しているfreee株式会社で金融事業部のマネージャーを務めている。

通例、官僚の民間転向では政府渉外やコンサルティング、シンクタンクといった仕事に就くことが多い中で自ら望んで事業部に従事して、現在ではプロダクトマネージャーを務め上げる山本さんにお話を伺いました。

※取材時点でのプロフィールとなります。

freeeに入社一年目にして、プロダクトマネージャーとしてサービスをローンチ

Publink 栫井(以下、栫井):最初にお伺いします。経産省ではどのような業務に関わっていましたか?

freee山本様(以下、山本):経産省の秘書課というところで人事に携わって採用を2年間やっていました。年間50人くらい採用をしていました。また、環境政策や通商政策、中小企業政策を担当していたこともありますね。

こうして民間企業に転職はしましたが、将来的には行政の世界に戻るのもありだと思っています
ちなみにここで指す行政というのは広い意味で捉えていて、ぼくは高知県の出身ということもあって、地方行政といったところも視野に入れています。

現在、freeeではスモールビジネス向けの事業開発をしているので、この経験と行政の経験を持って地元で価値を出すということは自分の選択肢のひとつだと考えています。

栫井:次に次に新しいことに挑戦して成長したいという気持ちが強いですか。

山本:成長、成長、、、そうですね。
そういう意味で言うと、やっぱりぼくのゴールは高知なんですよね。
だから、そこに繋がる成長ができればよいな、って感じですね。

栫井:現在、freeeで従事されている仕事について教えてください。

山本:つい先日、2019年6月24日にfreeeで「資金繰り改善ナビ」っていうプロダクトがローンチされたんですけど、そこに「オファー型融資」というサービスがあって、その事業責任者をやっています。

2019年6月24日にローンチされた「 オファー型融資 」のキャプチャ

山本:ザックリいうと「会計freee」って、100万事業者以上の財務データがリアルタイムで集まっているんですね

この100万事業者以上の財務データを分析して、色々な信用ビジネスにつなげていけるだろうと思っています。
そこで一番わかりやすいのが『融資』

そもそも、スモールビジネスの皆様小さい事業者は金融機関にそもそも融資のお願いに行くことに抵抗もあります。

やはり、「一回、融資落ちたら金輪際(融資を)受けられないんじゃないだろうか」という懸念もあるようです。

その中で「 オファー型融資 」では、財務データを見て、独自のロジックで試算与信判断をして、この金融機関ならこれくらいの金額で、この金利でいける、というのを事前に示し、スモールビジネスの皆様の判断を容易にする後押ししてあげることに大きな価値があります

我々freeeがお金を貸すよりも金融機関がお金を貸す方が資金余力もあるし、貸すことについてはプロなのでお任せするべきと思います。なので、我々はデータ分析やユーザーとのインターフェース金融機関との交渉やそもそものアクセスする部分、そこのユーザエクスペリエンスを創っていくことが重要です。

エンジニアやUXデザイナー、それとfreeeでも貸金業登録をしているのでリーガルのところなど、事業に関わる全体の動きを責任者として意思決定をしていくことがぼくの仕事です。

栫井:それには経産省の財務課で中小企業支援などもしていたのが活きてきていますか。

山本:ん~、そうですね笑

仕事でやっていたことが直接繋がるかというと必ずしもそうではないですね。

でも、中小企業の状況をマクロで見た時の視座といったことは役に立っていると思います。

それと、ぼくの仕事では、経営者やエンジニアやデザイナー、自分、そしてなによりユーザーさんがいて、その間に立って役所的に言うと『 調整業務 』をする。カッコよくいうと「 みんなでひとつのものを創っていく 」というプロジェクトの中心で、上手くやっていくというのは実は役所っぽいな、と思いますね。

そこではスキルが活きています。

栫井:掛け算人材のように色々やったことを掛け合せることで強くなるという発想もありそうですね。

山本:そうですね。でも、ぼくは繋がっているのかな、どうかな笑

経産省では、インドとかも担当していて、年に半分インドという時期もありました。直接何かに繋がっている訳ではないですが、このビジネスを新興国に持っていたらどうか、みたいな発想には繋がっている気がします。

いまの自分に活きていることは色々あるけど、原子力損害賠償支援機構の立上げもやっていて、東京電力の改革にも当時関わっていました。その時、大きな組織が危機に瀕すると、どういう性質によってどういう風に動くから、どういう処方箋を出したらよい、といった力学をそのプロジェクトを通して理解出来たのは大きいですね。

まだ、freeeは社長にも声をすぐ掛けられる規模ですが、協業する先は大きいので、そういう際は、そこで学んだ組織力学は活きていると実感しています。

官から民、立場で変わる”視点”

栫井:役所での調整業務というと最大公約数を取っていく印象があります。freeeではそのあたりの違いっていかがですか。

山本役所って、あるグループの意見を無視するとか出来ないじゃないですか。

いろんな人が言っていることをそれぞれ配慮しなくてはいけないし、それは役所の場合「 特定の人のお金ではなくて、みんなからお金をもらってやっている 」から。

なので最大公約数になりやすいし、ならざるを得ない。

一方でベンチャーでは、「 こういうユーザーに刺さるプロダクトを創る 」っていうのが明確にあって。

さっきの「 オファー型融資 」で例えると、すでに地銀と苦労なく良い関係性を築いていて融資を受けている人には全く刺さらないわけですよね。

このプロダクトはそうじゃない方を想定して、そこに絞って価値を提供しに行っている。

ベンチャーの世界では「 みんなに刺さるモノはみんなに刺さらない 」とよくいわれていて、ターゲットユーザーに「 これ無くしては生きていけないっ! 」と思ってもらえるのが成功なので、そういった違いはやっぱりありますね。

興味の赴くまま、その時々の楽しいを大事に

栫井:学生のときはなにをしていて、経産省に入ったか聞いてもよいですか?

山本:ぼくは、将来高知に帰る以外のビジョンってそんなになくて、その時々で楽しいと思うことをやってきましたね

大学も、東大の工学部のシステム創成学科で、理由は理科算数の方が得意だったから。

そこで環境エネルギーを勉強していて、環境エネルギーって地球がひっくり返るような話だから、そこにフォーカスすると、大きいことができるかなって。

とはいえ、世の中の課題って環境エネルギーのことだけじゃない。自分は世の中のことを全然知らないなと感じて、経産省に入りました。経産省では、経済という軸の中でいろんなことが出来るじゃないですか。

視野も拡げたいし、国家とか政府とかで出来ることってインパクトがでかいと思って。

でも、そこで65歳とかまで居たいというわけではなく、いろいろ勉強して視野も広げて「ここに飛び出そう」というものがあれば飛び出そうと思っていたので、ぼくにとって転職は想定外のものではなかったですね。

とはいえ、結果的に12年は経産省で働いていた。

半分なんとなくで、半分はこれくらいいようと思っていたんです。

役所は課長補佐レベルになると、それなりに政策に対して「これはぼくがやったんだ」と実感出来るようになるので、そこまでやってこそ、入った意味もあるかなと思って。

将来高知県に戻った時に、高知は中小企業が多いので、中小企業政策をやりたかったので最後それをやって。なので、その12年のタイミングで転職になったんだと思います。

と言いつつ、役所でも興味の赴くままに国際関係ばかりやって、修士も国際関係論なんですけど笑

それはそれで何かに、高知県の企業が国際展開する際の支援とかに繋がったらなと。

変わらない事こそがリスク

栫井:経産省の「経産省若手ペーパー」にも関わっていらっしゃったとか。

山本:そうですね。秘書課の時、辞める2年前からしていましたね。

抜粋:経産省立ちすくむ国家 – 経済産業省

山本:これは凄く面白くて、自分の視野も広がりました。

例えば75歳まで、合計約50年働くとして、22-35歳までの12年間働いても、まだ1/4程度しか働いていない。「それなのに、その経験だけで、自分はずっと役所って決めつけるのはもったいなくない?」とか思うわけで。

だったら、まだまだ色々なことにチャレンジする方が楽しいかなと。

正月にとある全国紙にも取材を受けたことがあって、そこで言ったのが「変わらないことがリスクになっている時代」になっているということ

20年前と今でも想像できないくらい違う世の中になっているのに、これから20年の世の中なんて指数関数的に変化していくことは間違いない。その中で、変わらない方がリスクなので。

若い気持ちでどんどん変わっていきたいなあと。

栫井:未知のものにどんどん取り組んでいくのがいいんですね。

山本:飽きちゃうというのもありますね。

ゲームが見えてきて、「 こうしてこうするとこうなる 」と、公式がわかると誰かにやってもらって違うことをしたくなってしまう。

ただ、それだと単なるジェネラリストになってしまうかもしれないので一長一短かもしれないですが、ジェネラリストがいいかスペシャリストがいいかは、正解はないので、正直あんまり気にすることではないと思っています。

マクロを知るだけではミクロは分からない

栫井:ちなみに、経産省の若手ペーパーをやった原動力っていかがでしたか。

山本:これは危機感が結構あって、、、まだ転職とかあまり考えていない時期だったんですけど。

山本:“経済”産業省とか言ってる割に自分、経済のことちゃんとわかっているのかなって出来事があって、、、

超自分ごとの話なのですが、子どもの保育園関係で、酔っぱらったパパに「待機児童で保育園は大変なのに、あなたみたいに、山本さん本人でも奥さんでも片方の収入でなんとかなるような人が保育園に子供を通わせているのが悪い。我々のように義務的に共働きをしなくてはいけない人こそが保育園に入れるべきだと思う。」と言われたんですね。

それが衝撃的だった。

実際、日経新聞なんかを読んでいると女性活躍とか紙面に躍るけど、実際はそんな意識で保育園に通わせている人ってほとんどいないのかもしれない。

そういうことから世間の肌感覚とずれている自分を感じたりしていました。

その中でNPOでの活動や貧困コミュニティにも参加しながら色々考えましたね。

その考えている時期に菅原次官からプロジェクトの招待を受けて、これは面白いなと思って参加しました。

役所だけにいるとマクロの数字で物事を判断するので、ミクロな中小企業を見た時の課題とかに寄り添えないので、もっとミクロな世界も知るべきと思っていて。

そう考えると経産省若手プロジェクトへの参加動機は、危機感も情熱も両方ですね笑

栫井:見えてない景色、それが転職の大きなきっかけだったんですかね。

山本:いや、というよりはそういう時期だったんじゃないですかね笑

干支も12年サイクルだし、12年って何らかの意味があるように思うんです。

こじつけですけど、人間はなんとなく12年1サイクルで動いているという説があって

それで価値観の変化が生じたり、転機が来る。

小学生までという子供時代も12年。そこから自我を認識し、青春を12年ほど過ごして、社会に出てくる。そのあとがむしゃらに働く36歳くらいまでの12年間。

自分は昔は、原発なしの社会とかあり得ないとか、そういうことを思っていたコンサバな人間だったように思います。

でも、35歳くらいで子供も生まれて、いまは大分、リベラルに寄っている気がします。

そんな変化を意識している時に12年サイクルの話を他の人から聞いて、しっくり来た。

次はだから48歳で来る、と思ってます笑

人生現役70年ですから。

若さは取り戻せないですけど笑

仕事のワクワク ≒ 成長の変化率

栫井:話をいまの仕事に戻すと政府渉外ではないところにわざわざ希望したのはなぜですか?

山本:政府渉外ではないところにわざわざ希望したのは、新しいことをしたかったから。

突然始まる山本さんのキャリア成長理論講座

山本:「ワクワク ≒ 成長の変化率」だとぼくは感じるんですよ。

すげーやつに到達するには例えば、20年掛かりますよとする。

でも、成長ってその領域ですればするほど高止まりしていって成長率が少なくなるじゃないですか。

確かに、そこを越えてすげーやつになるのもありなんですけど、変化が少ない状態の自分が嫌になってくるんですよね。

で、他にいきたくなっちゃう。

だから、成長って絶対値じゃなくて変化率で見る方が自分は楽しい。

山本さんの話から編集部にて作成

山本:それと、1分野で100点到達するだけでなく、たくさんの分野で80点をることで出せる価値ってあるよねという考え方もある。

そこで、自分にとっては政府渉外ではなく、事業推進という立場に行く方が楽しそうだった。

ただ、ベンチャーでは、即戦力が必要になるので「あなたは何のスキルを持っていますか?」というところから入るのが普通です。なので、「事業やったことないけど、事業推進をやりたいです」って言っても中々受け入れてくれるところは多くない。

でも、freeeは事業開発にも「 多様性によって何かが生まれてくる 」という考えがあって、ぼくを受け入れてくれた。

栫井:それが決定打になりましたか。

山本:最後の決め手にはなりましたね。

転職時はベンチャーがよいと思って、探している中でfreeeは価値観とかスモールビジネスをしているというところがフィットした。

もちろん、freee以外でも社会課題に向けてアプローチをしているベンチャーは多いですが、最後に事業開発をすることについて背中を押してくれたのは大きいです。

栫井:変わったことなどはありましたか?

山本:どうだろう、太ったって言われるかな笑

ちなみに、正直に言うと働く量はそんなに変わらないんですよね。

やっぱり、フラットな環境なので、プロジェクトの責任を持っている人間が一番頑張るし、チーム用のコーヒーを自分が入れることもあれば、若いメンバーが入れてくれることもあるし。

そこは本当にフラット。

でも、リモートで働いてもいいので同じ仕事量だけどワークライフバランスは充実している感覚ですね。妻もバリバリ働いているので、自分が保育園の送り迎えやったり、寝かしつけたり。

大変だけど、どこでも働けるのは神です。

自分の時間の使い方をコントロール出来るようになっている。

栫井:ちなみに、なにで転職しましたか?

山本:当時はビズリーチさんなどをよく使っていましたね。ベンチャーを色々探して、結構会いに行きましたね。

ただ、最後は知り合い経由でしたね。

栫井:20代や現役公務員の時になにをしていればよかったと思いますか。

山本:難しいですね。

どうせやらないかもだけど、がむしゃらに働くだけでなく、外の世界に触れるのをお勧めします。

官僚ということが一つの看板で意外な人が会ってくれることも多い。

もっとやっておけばよかった、って思います。

ただ、子供が出来ると色々大変なので子供が生まれる前かな笑

あとは役所だと腐らないことは大事。腐りながら、なんとなくそこにいるというのは、人生の時間の使い方として、本当にもったいない。役所のやることのインパクトは大きいので、腐らずやり遂げることには価値はあるはずです。

もし本当に腑に落ちないのなら選択肢はあるけど、役所で出来ることはあるので、まずはそこから考えるべきかなって。

しんどいですけど。

まず、自分の環境の中で出来ることがある。

そこから何かを考えるのもありで、それで仕事がだんだん面白い物も創れるようになる、と思っている。

栫井:それは政府に限らず、どの組織でも言えそうですね。経産省若手ペーパーについてもやってよかったと思いますか。

山本:よかったですね。次官がいたから出来ました。

プロジェクトを通して、役所に居るだけでは、普通出会えない人に(出会おうとしたら本当は出会えたけれど)出会えた。

地域のコミュニティの人や学者や学生、自治体職員で想いを持った人とかと意見交換を出来ましたね。

それはとてもよかった。

リスクを過大評価するな。必ずハマる場所がある。

栫井:最後にお言葉をいただけるとありがたいです。

山本:(役所の人は)外に出るリスクを過大評価してると思います

大きい組織にいると現状維持バイアスが掛かるんで笑

正直、役所の人はスキルや基礎力がかなり高い。

なので、実際に外に出たところでそれなりにやっていけます。収入がめちゃくちゃ下がった人とか聞いたことないですしね。

確かに、(民間企業、特にベンチャーだと)10年後20年後になにをしているかわからない、というのはあって、一方で役所の中ではそれは割と明確ではあるんだと思います。

それを見比べて、変化を楽しめるかは大事じゃないかなと。

「先が見えていないと不安だ不安だ」っていう人は、民間企業に転職するのはやめた方がいいとは思います。

ただ、得も言われぬ、民間に出て通用しないんじゃないのかとか、仕事なくなるんじゃないのかっていう不安については、、、大丈夫ですよ笑

役所の方が仕事に求められるスキルは画一的で、政策もつくれて、政治家と関係性を築けて、組織人としてのジェネラリストが求められるんですよね。

だけど、民間の方が圧倒的に活躍のダイバーシティが広いじゃないですか。

口下手でも天才的なモノを創ってしまう人もいるし、リーガル知識半端ない人もいる。アートのセンスがずば抜けている人もいるし、狂人のようで人に理解されないけれどストイックで凄い経営者もいる。

民間というよりは世の中全体で見渡すと活躍のダイバーシティはめちゃくちゃ広いので、どこにもハマらないなんてなくて、必ずどこまでハマるところがありますよ

だから、不透明感はありますけど、リスクなんてない、って言いたいですね。

キャリアプランを設計するきっかけに下記の記事も参考になるため、併せてご確認下さい。

参考記事
キャリアプランが思いつかない人必見!5つの手順で簡単設計【例文付き】ユニークキャリア

(取材協力:freee株式会社、取材:栫井 誠一郎、編集・撮影:深山 周作)

※本記事は、2019年11月1日に別媒体に掲載した記事を再編集したものです。