【Politics for Olympic】「スポ根」はもう古い? 運動部活動の政策について知ろう

来年7月から開催予定の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、政策とスポーツの関係について政府資料等を読み解きながら解説していく本企画。

第3回は、いま変わろうとしている運動部活動に関する政策について、平成30年(2018年)3月にまとめられた「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」を読み解きながら解説していこう。

運動部活動の在り方と問題点

「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」がまとめられたのには、日本の運動部活動が様々な問題を抱えていることが背景にある。まずは、日本の運動部活動の現状と問題点について見ていこう。

日本のスポーツ文化形成に大きな役割を果たしている運動部活動

多くの人が子どもの頃、当たり前のように参加してきた運動部活動は、学校体育と並んで青少年の重要なスポーツ参加機会だ。平成28年(2016年)の調査によると、中学1年生の約66%、高校1年生の約50%が運動部活動に参加している。

部活動は学校生活の充実につながる?!|ベネッセ教育情報サイト

実は、青少年のスポーツ参加機会が学校中心になっているのは、世界的に見ると珍しいことだ。

引用:運動部活動は日本独特の文化である―諸外国との比較から 中澤篤史 / 身体教育学|SYNODOS

青少年のスポーツ参加機会が学校中心であることには、金銭的な負担が小さいため経済的状況に関わらず誰もが参加しやすいこと、自分のやりたいスポーツ活動を選んで参加できること、そして学校で行われるために防犯的な観点からの安全が保たれていることなど、様々なメリットがある。

また、国のスポーツ競技力の観点からも、運動部活動の果たしている役割は大きい。さらに、サッカーや野球、バレーボールなどの全国大会は大手企業がスポンサードし、観客がチケットを購入して観戦に訪れ、テレビ放送もされるなど、運動部活動はスポーツビジネスの一分野として成立している側面もある。

このように、運動部活動は日本におけるスポーツ文化の形成に大きな役割を果たしている。

運動部活動が抱える様々な問題

一方で、日本の運動部活動は様々な問題を抱えており、特に近年はそれらが強く問題視されるようになってきている。

まず、部活動の指導を担当する教員への過大な負担は大きな問題だ。平日放課後や休日なども含めた長時間労働、専門外の競技を担当することの心理的負担、そして何より、支給される「部活動手当」が少額すぎることなど、様々な面での負担が教師にのしかかっている。

部活動に関わる現状認識の共有とガイドラインの今後の検討に向けて|妹尾昌俊

運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン作成検討会議への情報提供|望月浩一郎

運動部活動の現状について|スポーツ庁

次に、教員による生徒への「指導」を称した暴力行為(体罰)やセクハラ、パワハラ等が未だに存在することも大きな問題だ。これは運動部活動においては指導者の言うことが絶対であり、指導される側はそれに従わなければならない、という誤った考え方が未だに一部の学校、教員、家庭の中で支持されてしまっていることが要因だろう。

体罰で逮捕の中学校柔道部顧問 過去に3度処分歴|神戸新聞

セクハラ教諭2人処分 千葉県立高校、教え子に|千葉日報

そして、特に地方の児童数が少ない地域において顕著なのが「少子化による存続危機」だ。筆者の母校である中学校も、筆者が通っていた10数年前までは運動部活動が6つ活動していたが、その後地域の少子化により在校生数が減少し、昨年度には個人での大会参加が可能なソフトテニス部と卓球部の2つだけになっている。こうなってしまうと、生徒が好きなスポーツを楽しむことが難しくなる。

もちろん、運動部活動には先述のとおり様々なメリットがあり、また多くの教員、生徒が「好きで」運動部活動に励んでいるのも事実だ。しかし、だからこそ運動部活動に関する諸問題は手を出しづらく、これまでに根本的な解決策が示されることも少なかった。

「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」

こうした運動部活動に関する諸問題を背景として平成30年(2018年)の3月に公表されたのが「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」だ。本ガイドラインでは、以下のとおり5つの取り組みが示されている。

引用:運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン|スポーツ庁

本ガイドラインでは、主な対象は中学校とされているが、スポーツ庁ウェブサイト内のQ&Aでは高校についても「本ガイドラインを原則として適用」することとされている。また、同Q&Aでは、本ガイドラインが公立、国立、私立全てが対象と明記されている点にも留意が必要だ。

なお、運動部活動に関するガイドラインとしては、スポーツ庁が発足する前の平成25年(2013年)に文部科学省より「運動部活動での指導のガイドライン」が公表されている。こちらの旧ガイドラインからの変化も見ながら解説していこう。

1 適切な運営のための体制整備

「1 適切な運営のための体制整備」では、本ガイドラインに則った運動部活動の指導が徹底されるよう、下図のとおり役割分担を明らかにする形で運動部活動の方針や活動計画等を策定・作成する旨が示されている。

引用:運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン|スポーツ庁

旧ガイドラインでは「校長のリーダーシップのもと、教員の負担軽減の観点にも配慮しつつ、学校組織全体で運動部活動の運営や指導の目標、方針を検討、作成する」とされていたが、これと比べると「誰が」「何を」といった要素が明確になっているのが特徴的だ。

とりわけ、「校長」の役割が明示化されていることは、本ガイドラインの大きな特徴だと言えるだろう。

これは、運動部活動の運営における「校長」の役割を明示することで、責任の所在を明確にし、本ガイドラインに沿った活動方針を徹底させる意味が込められていると考えられる。

2 合理的でかつ効率的・効果的な活動の推進のための取組

運動部活動における「合理的」「効率的」「効果的」な活動とは何だろうか?これらに関して本ガイドラインでは、以下のとおり明記されている。

引用:運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン|スポーツ庁

要は、運動部活動では科学的な知見に基づく指導を行なってください、ということだ。なお、同様の内容は旧ガイドラインにも明記されている。少なくとも国が定めるガイドラインでは、根性論に基づく非科学的な指導は明確に否定されているということを、運動部活動の指導を行なう際には意識しておく必要がある。

だが「科学的な知見に基づく指導を」と言われても、具体的にどのような指導を行なうべきかを考えるのは、特にスポーツに不慣れな教員には高いハードルだ。

そこで本ガイドラインでは、運動部顧問が参考にできるように、中央競技団体(「日本サッカー協会」等のスポーツ競技の国内統括団体)が指導手引を作成し公表することも明示されている。ここが旧ガイドラインにはない重要なポイントだ。公益財団法人日本スポーツ協会のホームページでは、各競技団体が作成した手引きが紹介されているので、ぜひ目を通してみてほしい。

「中学校部活動軟式野球指導の手引き 」の紹介|日本スポーツ協会 ※軟式野球以外の競技の手引きも掲載

3 適切な休養日等の設定

旧ガイドラインでも休養日についての言及はあったが、本ガイドラインでは大項目のひとつとして明示され、さらには日数まで具体的に定められており、重要なポイントと位置付けられていることが読み取れる。

引用:運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン|スポーツ庁

休養日の設定は、本ガイドラインにあるとおり成長期にある生徒の健康面への配慮が主たる目的ではあるが、運動部顧問の負担軽減への効果も期待できる。

4 生徒のニーズを踏まえたスポーツ環境の整備

生徒のニーズを踏まえたスポーツ環境の整備として、本ガイドラインでは以下のように言及されている。

引用:運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン|スポーツ庁

今の運動部活動は、「ひとつの競技で」「勝利を目指す」活動がメインになっているが、生徒のスポーツ活動ニーズはそれだけに限らない。今後、多様なニーズに応えられる運動部活動が整備されることで、より多くの生徒がスポーツ活動に参加しやすくなるだろう。

また、現在の「勝利を目指す」運動部活動の場合、どうしても「大会終了=引退」という形になりがちだ。また、高校の運動部活動でその競技は区切りをつける、という考えの生徒も少なくないだろう。今後、運動部活動の目的が多様化することにより、スポーツ活動を「日常的に楽しめるレクリエーション」と捉える考え方が定着し、運動部活動の「引退」をきっかけとした「スポーツ活動離れ」を抑制する効果が期待される。

なぜ部活には「引退」が存在するのか? 日本の奇習について|VICTORY

ただし、生徒の多様なニーズに応えるためには、学校だけでの運動部活動の運営だと指導者等のマンパワーが不足する可能性がある。

そこで本ガイドラインでは、総合型地域スポーツクラブやスポーツ少年団等の地域のスポーツ団体との連携等を図り、学校と地域が協働・融合する形でのスポーツ環境整備を提案している。生徒のニーズを踏まえたスポーツ環境の整備は、すでにいくつかのモデルケースが生まれており、スポーツ庁が広報記事を公開しているので、ぜひ参考にご一読いただきたい。

「部活=学校」である必要はない!?地域が主体となって子供たちのニーズに応える 「総合型地域スポーツクラブ」視察レポート

“勝つ”ことがすべてじゃない! 多様なニーズに応えるイマドキの部活動「ゆる部活」をレポート

運動部活動イノベーション ~学校・地域・民間が協働する部活動改革~

学校が主導する部活動改革

5 学校単位で参加する大会等の見直し

「4 生徒のニーズを踏まえたスポーツ環境の整備」により、今後、学校単位での運動部活動の運営に限らず、複数校合同チームなどのより多様な形の運営形態が一般化していけば、現在は基本的に学校単位で参加する形となっている大会等も見直しを図る必要が出てくるだろう。本ガイドラインでは大会等を主催する日本中学校体育連盟および都道府県中学校体育連盟に対して、大会・試合の在り方の見直しをするよう言及している。

すでに合同部活動については、複数の競技で実際に大会に参加する事例が増えてきている。

高校ラグビー県大会 静岡東・勝又たった1人の挑戦|日刊スポーツ

憧れのラグビー選手に ~豊後高田市中学ラグビー部発足会~|豊後高田市

直線距離で115キロ…3校連合チーム 3校合わせて12人、合同練習は土日だけ 静岡県高校野球大会|静岡朝日テレビ

鹿児島の古豪も部員ゼロ、高校サッカーにも増加する「合同チーム」の挑戦|Yahoo!ニュース

競技人口が少ない競技、あるいはそもそも生徒数が少ない地域の生徒にとって、同世代の仲間たちと共にスポーツ活動を楽しめる環境づくりはきわめて重要だ。今後、少子化がより進行し学校単位での参加が難しくなっていくことが予測される中で、学校の垣根を超えて地域一体となる取組みはより重要性を増してくるだろう。

まとめ

今回は、運動部活動に関する政策について、平成30年(2018年)3月にまとめられた「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」を読み解きながら解説してきた。

本ガイドラインは、これまでの運動部活動に対するイメージを大きく変える抜本的な取組みだ。良くも悪くも、これまでの運動部活動の在り方に美徳やアイデンティティを見出してきた人も多いことから、時間をかけて丁寧にシフトチェンジを図っていく必要があるだろう。

ただし、特に部活動におけるハラスメントについては、運動部活動の在り方以前に、教育者としての資質を問われる問題だと言える。運動部活動に限らず、子どもを指導する全ての指導者および関係者が、子どもたちの成長にとって本当に重要なことは何かを考え、従えるのではなく、文字どおり「導く」指導を行なうことが求められている。

(記事制作:小石原 誠、編集・デザイン:深山 周作)

引用・出典・参考

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