コツンと社会を望ましい方向へ動かす「EBPM」と「ナッジ」

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近年、国内外でEBPM(Evidence-Based Policy Making:エビデンスに基づく政策立案)に関する取り組みが国・自治体で注目されてきている。

※「EBPM」のGoogle上での検索トレンド(Googleトレンド)

有限のリソースで、適切な政策・事業を実施していく上で、必然の流れといえる。また、エビデンスやデータを重視するのは、政治・行政に限った話ではない。

ただ、この「エビデンスを活用する」というのは難しい。なぜなら、新たな試みにエビデンスやデータが十分にあることは、そうないからだ。

そのため、事業や実証をしながら効果検証をスピーディに行っていく必要性がある。一方でそれには多くの壁が立ちはだかる。

こうした課題に対して三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の小林庸平氏は、「ナッジ」を組み合わせることを提案している。

公共政策の分野だけでなく、マーケティングなどでも注目を集める「ナッジ」。

「EBPM」と「ナッジ」、注目される2つのツールについてお伺いする。

※所属や肩書は取材時のプロフィールとなります。

EBPMが注目される背景

――現在だとEBPMは海外で盛んな印象ですが、それにはどんな理由があるのでしょうか。

小林 庸平 様(以下、小林)元々エビデンスベーストというのは医療分野から先行的に進んできました。

いまだと新型コロナウイルスワクチンの第3相臨床試験というのも話題に挙がりますが、『ワクチンを打つ人と打たない人』にランダムに分けて試験するランダム化比較試験のやり方などが分かりやすいですね。

それを政策に活かそうという流れが2000年代から徐々に広がってきたものです。

何に効果があったのか科学的に検証することで、効果のある政策に予算を付けていくことが可能になります。

加えて、近年ではデータも以前と比べて多く取れるようになってきて、EBPM的な手法を実装する前提条件が整ってきています。

――一方で、日本でもEBPMが2~3年前から注目を集めています。注目を集める背景にはどのような理由があるのでしょうか。

小林:先ほど申し上げた世界的な流れも影響を与えていますが、国内の固有のEBPMのきっかけは、2015年に行われた経済財政諮問会議で、麻生財務大臣が高市総務大臣に対して「総務省が行っている家計調査の統計データが適切なのか?」と指摘したことです。

小林:その後、2017年に統計改革推進会議が立ち上がり、統計の改革と同時にEBPMを推進し、『EBPM推進委員会』という会議体が設置され、各省に政策立案総括審議官という局長級のポストが置かれて、政府内でEBPMの取組みが正式にはじまっていきました。

その他、『財政上の制約』や『経済成長の鈍化』によってリソースを適切に活用するという意識が全体として高まっていることもあると思います。

――「エビデンスが必要」ということはエビデンスが乏しい新事業などでは適応しにくいこともありそうですね。

小林:そうですね。

なので、そういった際には実証事業やパイロット事業を実施して、小さく試して検証するやり方があるかなと思いますね。

その小さく試すうえでナッジを活用するということが効果的に働くことがあると考えています。では、ナッジについて簡単に説明をしましょう。

政策の効果を高める「ナッジ」とは?

小林:ナッジの語源は「ひじで軽く突く」という意味です。

小林:今までの政策では、人間が合理的に振る舞うことを暗黙的に想定して作られてきました。

ただ、実際に人間は合理的な行動だけを取るかというとそうではありません。

「ダイエットしたい」と考えて、運動や食事制限をしようとしても中々上手くいかないといった話などはその一例ですね。私もアイスクリームをついつい食べてしまったり(笑)

身近な誘惑に負けて、非合理的な行動をしがちです。

政策の具体例としては、住民の方が『税の納付忘れを防ぐため、口座振替に切り替えたい』と思っていたとします。本来であれば、口座振替にした方が、手間も抑えられますし、納付漏れがなくなり延滞金の発生も起きません。

この場合、口座振替に切り替えて頂いた方が合理的ですが、実際はそう簡単にはいきません。最初の手続きが面倒だと「次回から、次回から、、、」と口座振替を先延ばしにしてしまいがちです。

――電気やガスなどの公共料金の口座振替で似た経験があるので、よく分かります。

小林:そうした際に、強制するのではなく、肘でコツンとつくように非合理的な行動から合理的な行動に移してもらう工夫をするのがナッジになります。

手法として分かりやすいところで行くと、延滞金の発生や手続きの手間がラクなことDMで伝え、合理的行動である口座振替をしてもらえるようにする、、、みたいなものですね。

――一般的な広報との違いはあるのでしょうか。

小林:一般的な広報のなかでも、知らず知らずにナッジを使っていることがありますので、その境界は曖昧だと思います。ただナッジの場合は、行動科学や行動経済学の理論に基づいている点と、再現性の高い点が違いだと思います。

――どんなやり方が上手くいきやすいなどあるのでしょうか。

小林:ケースバイケースなので一概に言えませんが、DMで勧奨する場合でいうと、「損失に人は強く反応する」ことが分かっています。

また、合理的な行動から乖離しやすいところで効果が出やすいと考えられます。

例えば『中長期的な判断をしなくてはいけないもの』や『選択の量が多い、情報の量が多い』というような合理的な行動を取りづらいケースに対して、大きな効果を発揮しやすいです。

――夏休みの宿題のような量が多く先延ばしにしたくなるものと一緒ですね(笑)

小林:そうかもしれませんね。

先ほどの口座振替の話も「口座振替をすれば次回からラク」にはなりますが、長期的に合理的な判断を下すよりも、現時点の手続きの面倒くささがあって、非合理的な行動をしてしまいがちですよね。

EBPM×ナッジの可能性

――ナッジについてお伺いしたところで、それをどのようにEBPMと組み合わせていくべきかについて詳細をお聞かせください。

小林:これは私自身が行政現場で支援をする中で感じたものになります。

まず、前提としてEBPMをするには、エビデンスを明らかにする必要があります。ただ、新しい事業などはエビデンスがないことも多い。

その際に「エビデンスを集めるために実証事業やパイロット事業をしよう」となっても、予算に制約があったりランダム化比較試験が使えないシチュエーションも行政現場では発生しがちです。

※経済産業研究所Webサイトの「ナッジをEBPMの入口に!(小林 庸平)」から抜粋

小林:の点、ナッジであれば、表現の調整やDMの文面を変えるなど、現場レベルでの改善が可能な手法が多くあります。

この敷居の低さが「EBPMの入口にナッジを活用してはどうか」と私が提案する理由です。

現場で低コストでナッジを用いることで、EBPM的な思考を用いたPDCAを回し、「議会に説明しやすくなった」「効果が上がった」「確信を持って政策をしやすくなった」などの成功体験をつくっていくことができると思います。

もちろん、それだけで解決しない課題もありますが、EBPMの『入口』としてナッジは活用しやすいものだと思っています。

――例えばどういった領域で活用されやすいと考えられるでしょうか。

小林:データが多く取れて、効果がきちんと測定できるところだと活用しやすいと思いますね。

医療、福祉、介護、教育、労働など個人向けの行政サービスや中小企業政策などは、施策の対象者も多いため活用しやすいのではないでしょうか。

逆に対象者が絞られ過ぎてしまっているものは、データが取りづらく、やりにくいと思います。

EBPM、ナッジに共通する本質

小林:ここまでEBPMとナッジについて簡単にお話をさせていただきましたが、本質的には「ちゃんと政策をつくろう」ということではないかと考えています。

――「ちゃんと政策をつくろう」ですか?

小林:そもそも政策は、目的を明確化したうえで、有効な手段に関する仮説を立てて実施するものです。その効果も検証されるべきものです。

そのためには、発生している社会課題を突き詰めて分析し、解決策を考える必要があります。そうした準備が整っていれば、自然とEBPMのようにエビデンスを考えるプロセスも入ってくるはずです。

そして、立案の段階で有力なものに絞り込み、政策として世に出す。政策として世に出たものを検証して、改善をする。

政策立案における「基礎」があって、その上乗せでEBPMやナッジというエッセンスがあると思っています。

――仰る通りですね。民間企業の事業であっても仮説や検証などは必要ですし、効果の求められる取組みすべてにあてはまる考えに感じます。

小林:そうですね。

ただ、注意が必要なのはデータだけがすべてではないということです

データが不十分なこともありますし、データ自体に偏りがあるかもしれません。データで見えてくる合理性もありますが、世論や民主主義の判断を汲み取る必要性もあります。

例えば教育で言えば、学力のようにデータが測りやすいものだけでなく、非認知スキルと呼ばれるもののように測りにくい領域もあります。データだけで機械的に判断するのはナンセンスなものもあります。

そのため、『EIPM(Evidence-Informed Policy Making)』、つまり「エビデンスを知った上で意思決定をする」という方がより正確であるというのが専門家のコンセンサスだと思いますね。

小林:それと、何のためにこうした手法を実施するかも大事です。

また、ナッジはマーケティングでも使われますが、有利誤認などに悪用されるものでもあり、ナッジを提唱した行動経済学者のリチャード・セイラ―もそうしたことを危惧しています。

――最後に、これからEBPMやナッジがどのように活用されていって欲しいと考えていますか。

小林:そうですね、2つの方向性に用いて欲しいと思っています。

1つ目は、分析。健全な猜疑心を持って、政策に効果あるかどうかを先入観を持たずに立案・実施・改善をするためにEBPMを活用していくこと。

2つ目、新たな取組み。答えの分からない世界で挑戦に対する失敗を許容しながら、トライ&エラーを繰り返していくこと。

そして、そうした取組みを促進するためには、行政は完全ではないといけないという無謬性の弊害を取っ払っていくことも重要ではないかと思っています。

(取材協力:青山社中、取材:深山 周作・原雅貴、記事制作・編集:深山 周作)


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「青山社中リーダーシップ・公共政策学校」は、パブリックリーダーを育成することを目的とし、「リーダーシップ」と「政策」の両方を学ぶことをコンセプトにした学校です。霞が関出身、かつ各分野の第一人者であり、政治・行政の内情に精通する講師陣が講義を担当、今年度は、2020年10月~2021年3月にかけて全7講座を開講いたします。

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