【Politics for Olympic】スポーツ基本計画について読み解いてみよう(後編)

来年7月から開催予定の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、政治とスポーツの関係について政府資料等を読み解きながら解説していく本企画「Politics for Olympic」。

第一回目は、日本のスポーツ政策の歴史を振り返るとともに、「スポーツ基本計画」における基礎的な部分を読み解いていくことで、政治とスポーツの関係の成り立ちについて解説してきた。
※第一回目の記事はコチラ

第二回目となる今回は、日本のスポーツ政策の要である「スポーツ基本計画」について、「4つの具体施策」と「設定されている数値目標」を紹介しながら解説していこう。

第2期スポーツ基本計画における4つの施策

まず前回の内容をおさらいすると、スポーツ政策に特化したスポーツ庁が発足したことにより、スポーツ政策の安定性および継続性が向上し、特に「ゴールデン・スポーツイヤーズ」を迎えている今、スポーツ政策がいっそう積極的に展開されようとしている旨を解説した。

さっそく今回は、現在進行中の第2期スポーツ基本計画で示されている、4つの具体的な施策について見ていこう。

文部科学省スポーツ庁「第2期スポーツ基本計画のポイント」より抜粋

この4つの施策は、一般国民向けとプロアスリート向けに大別して考えることができる。

1つ目の「「する」「みる」「ささえる」スポーツ参画人口の拡大」と、2つ目の「スポーツを通じた活力があり絆の強い社会の実現」は、私たち国民のスポーツ活動に向けた施策だ。

そして3つ目の「国際競技力の向上」と、4つ目の「クリーンでフェアなスポーツの推進」は、ハイレベルで活動しているアスリートに焦点を当てた施策であると見ることができる。

1. 「する」「みる」「ささえる」スポーツ参画人口の拡大

「する」「みる」「ささえる」という言葉は、以前からスポーツ政策やスポーツビジネスの世界で使われてきたキーフレーズであり、スポーツの持つ特性を端的に表す言葉であるとともに、スポーツ産業の成長に必要不可欠な要素であるとも位置付けられている。

とりわけ重要なのが「する」スポーツだ。よく「政策の一丁目一番地」という言い方をされるが、スポーツ政策の「一丁目一番地」は、「する」スポーツ人口の拡大、すなわち「スポーツ実施率」の向上だといって差し支えないだろう。

「スポーツ実施率」目標の意味

なぜ「スポーツ実施率」の向上が重要なのか?

その理由のひとつとして、我が国のスポーツ実施率が他の国と比べて低いことが挙げられる。平成30年(2018年)にスポーツ庁が公開した記事によると、日本のスポーツ実施率(週1回以上)が40%であるのに対して、フィンランドやスウェーデン、オーストラリアは66~69%となっているほか、イギリスやドイツ、フランスと、諸外国と比べて低い数字となっている。

スポーツ庁Web広報マガジンDEPORTARE「多い?少ない?スポーツをする人は約「5」割。 世論調査から見る!日本のスポーツ「する」「みる」「ささえる」の実態とは」より引用

では、スポーツ実施率を向上することには、どのような意味があるのか?

実はスポーツ実施率は、日本ならではの重要な問題と結びつくと考えられている。
それは、国民の医療費総額の増加だ。

医療機関に支払われた概算医療費は増加の一途をたどっており、平成12年度(2000年度)が30兆円足らずだったのに対して、令和元年度の医療費は43.6兆円にまで増加。この20年間で1.5倍以上増えている計算になる。

2018年度の医療費42兆6000億円に:2年連続で最高額を更新|nippon.com

令和元年度 医療費の動向|厚生労働省

増加する医療費は国の財政を圧迫する要因となっているが、これに少しでも歯止めをかけられるのでは?と期待されているのが、スポーツ実施による健康効果だ。

国民の医療費のうち約3割は、生活習慣病が占めている。そこで、生活習慣病の予防や改善に効果があるスポーツ実施率が上がることで、医療費の削減や抑制につながるのではないか、と期待されている訳だ。

第2期基本計画では、子どもから高齢者まで様々な世代に対するアプローチが記載されているが、特に重要なのは若者、特に高校や大学等を卒業したばかりの20代や30代のスポーツ実施率向上だろう。日本のスポーツ実施率が低いのは、学校卒業を機に定期的な運動をしなくなる人が多いことが大きな要因となっているからだ。

現在、国や自治体のスポーツ政策と連動する形で、若者世代のスポーツ参加を促進する様々な取組みが民間レベルでも進められている。

例えば職場において従業員がスポーツを楽しめるよう環境を整備したり、他のエンターテイメントと融合することによりスポーツの魅力度を向上するなどの取組みが積極的に行われている。

2.スポーツを通じた活力があり絆の強い社会の実現

「活力があり絆の強い社会」と言われても、いまいちピンと来ないというのが正直なところだ。そこで第2期基本計画を深掘りしていくと「政策目標」が定められており、そこにはこのように記載されている。

文部科学省「第2期スポーツ基本計画」より引用

共生社会等の実現、国際貢献いずれも重要ではあるが、ここでは「経済・地域の活性化」に焦点を絞って解説していくことにする。

スポーツ市場規模の拡大

「経済・地域の活性化」はさらに、「スポーツの成長産業化」と「スポーツを通じた地域活性化」の2つの取組みに分類される。

とりわけ目を引くのが「スポーツの成長産業化」だ。第2期基本計画の中では、スポーツの成長産業化の数値目標として、スポーツ市場規模を平成24年(2012年)の5.5兆円から、平成32年(2020年)に10兆円、そして平成37年(令和7年・2025年)には15兆円へと拡大していくことが明示されている。

市場規模を10数年でおよそ3倍に拡大するという目標設定は大胆にも見えるが、これも他国と比較をすれば、それほど夢物語ではないことが分かる。例えば、スポーツ市場のひとつ「プロスポーツ市場」について比較したデータを見てみよう。

株式会社NTTデータ研究所「テクノロジーは、スポーツとビジネスの架け橋だ-スポーツ立国実現に向けた課題とビジネス機会-」り引用

このとおり、日本のプロ野球およびJリーグの市場規模は、20数年前は海外の本場と比べて遜色ないものであったのに、この20数年間の間で大きく水をあけられているのが現状だ。

もちろん、プロスポーツ市場はスポーツ市場の一部分に過ぎないが、他にも例えば、日本の民間フィットネスクラブの参加率は長年約3%を維持しているが、アメリカでは約18%、イギリスは約14%となっており、これも差をつけられてしまっている状況にある。

先進国に比べて低い、フィットネス参加率を上げる取組みに着手BODYBOSS認定トレーナー、全国400名を創出へ(株式会社Grow)|PR TIMES

日本のスポーツ市場が海外と比べて規模が小さいことは課題ではあるが、これは裏を返せば、日本のスポーツ市場にはまだまだ成長できるポテンシャルが潜んでいる、ということになる。

前回の記事で述べたとおり、「スポーツ庁」の創設をきっかけとして、今後は国はもちろん地方自治体レベルでもスポーツ政策が積極的に展開される。その動きと連動するように、スポーツ産業界でもビジネス拡大や新規参入などの動きが活性化し始めている。

市場規模を10数年でおよそ3倍に拡大するという目標設定は大胆なもののように見えるが、本腰を入れてスポーツ政策を展開していく意気込みを反映した数字だと見ることもできるだろう。

3.国際競技力の向上と4.クリーンでフェアなスポーツの推進

先述のとおり、3つ目の「国際競技力の向上」と、4つ目の「クリーンでフェアなスポーツの推進」は、ハイレベルで活動しているアスリートに焦点を当てた施策だと言える。ここでは、それぞれの施策における主な取組みについてピックアップして解説していこう。

目指すは「過去最高の金メダル数」

意外に思えるかもしれないが、第2期基本計画の中では、オリンピック・パラリンピックにおける成績についても「過去最高の金メダル数を獲得する」旨が「政策目標」として設定されている。

そして、過去最高の金メダル獲得という目標に対しては、以下のとおり4つの取組みが示されている。

文部科学省「第2期スポーツ基本計画」より引用

これら取組みの中で最もイメージしやすいのは「④トップアスリート等のニーズに対応できる拠点の充実」だろう。ここでいう「拠点」の代表格が、メディアでもよく取り上げられる「味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)」だ。

NTCは、オリンピック強化指定選手を始めとした国内トップアスリートのみが使える専用トレーニング施設であり、冬季スポーツや海洋スポーツを除いたあらゆるスポーツ競技の専用練習場が集積している。また、スポーツ医・科学・情報研究機関である「国立スポーツ科学センター」とも一体になっており、多面的で高度な支援を受けられる体制が整っている。まさに現代版「虎の穴」だ。

日本のトップアスリートを支える「味の素ナショナルトレーニングセンター」|味の素

味の素NTCについて|日本スポーツ振興センター

コンプライアンスの徹底とスポーツ団体のガバナンスの強化

今回、最後にご紹介することになった「コンプライアンスの徹底とスポーツ団体のガバナンスの強化」は、スポーツ界のみならず日本の社会にとっても重要な取組みだと言えるだろう。

残念ながら現在の日本のスポーツ界では、いまだに耳を疑うような醜聞がいくつも聞かれる。学校部活動における体罰問題やパワーハラスメント問題、アスリートによる違法行為、さらに最近では大学の名門部活動における違法薬物問題も表面化してきている始末だ。

強豪大学サッカー部でも……SNSで若者に広がる大麻汚染|IT media NEWS

以前から、スポーツ界におけるコンプライアンスの徹底と団体のガバナンス強化の必要性は強く叫ばれてきたものの、依然として十分な取組みが出来ていないのが現状だと言わざるを得ない。

特に学校部活動や学生スポーツに関しては、若い世代の人格形成や将来のスポーツ実施率などといった重要な要素とも関係が深い。今後、政策面からの強力かつ積極的なアプローチが強く望まれる。

まとめ

今回は、日本のスポーツ政策の要である「スポーツ基本計画」について、4つの具体的な施策について、設定されている数値目標を紹介しながら解説してきた。

なおスポーツ庁は、日本のスポーツの現状と第2期スポーツ基本計画の内容についてインフォグラフィックでまとめた動画を公開しているので、こちらもぜひ視聴していただきたい。

日本のスポーツ産業にはまだまだ大きく成長できるポテンシャルがある。ようやく本腰を入れて積極的に取り組まれ始めたスポーツ政策と連動する形で、今後より一層の発展を期待したいところだ。

一方で、日本のスポーツ界には、クリアすべき課題もいくつか残っている。

特に運動部活動や学生スポーツについては、今回お話したコンプライアンス・ガバナンス以外にも様々な課題がある。例えば、部活動を指導する立場にある教員への過大な負担や、専門性に乏しい指導者による不適切な指導に起因する事故など、解決すべき問題が山積しているのが現状だ。

ただし、運動部活動については、これまでに無かった新しい取組みが実行に移されつつある。そこで次回は、何十年もの間、姿かたちが変わってこなかった「運動部活動」における新たな取組みについて解説していこう。

(記事制作:小石原 誠、編集・デザイン:深山 周作)

引用・出典・参考

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