私たちの周りには多くの数字がある。
例えば、あなたの暮らしを表す家計、会社の決算、市場規模、株価など。
その中で私たちの暮らしや仕事に大きく影響するのが「経済」。
そして、経済を語る上で外せない大きな要素が「財政」。
これらを定量的に読み解く力は「社会を捉える」ために必須なスキルのひとつだと言える。
しかし、これらを自信を持って語れる人は少ない。
今回は、経済や財政といった数字から社会を読み解き、自身で考えるためのエッセンスを経済学者の小黒一正教授(以下、小黒先生)に伺う。
――経済や財政といったものは大事だと分かりつつ、あまり私たちが理解出来ていないものでもあります。
一般的な経済活動は「消費」、「貯蓄」、「投資」といった一連の意思決定から構成されています。
経済学は、大別すると「マクロ経済学」や「ミクロ経済学」とそれ以外(行動経済学、公共経済学など)になりますが、とても幅広い学問でもあります。
このうちの「マクロ経済学」は、国家全体の経済活動を巨視的に考察する学問になります。
ここで重要になるのが「財政政策」と「金融政策」、それと「成長戦略」ですね。
――そうした経済や財政の状況を読み解くには何が必要なのでしょうか。
様々な知識も必要ですが「データ」を読み解く力はとても重要です。
実例として新型コロナ後の経済成長がどうなるかを簡易に紐解いていきましょうか。
こちらは内閣府が2020年7月に公表した「中長期試算」に掲載されている名目GDP成長率の予測シナリオです。赤い実線が「成長実現ケース」と呼ばれる高成長シナリオ、青い実線が「ベースラインケース」と呼ばれる低成長シナリオとなります。
――ニュースで「戦後最悪のGDP落ち込み」と報じられていましたが、2020年の落ち込みが凄いですね。
この中長期試算の「成長実現ケース」では、2029年度の名目GDP成長率を約3%と見込む一方、「ベースラインケース」でも成長率を約1%と見込んでいます。
この数字の裏には大きく3つの力が働いています。
それは、技術進歩、労働参加、資本ストックです。
成長率の見通しで特に重要なのは、技術進歩の伸びを示す、TFP(Total Factor Productivity:全要素生産性)の上昇率になります。前述のGDP成長率もTFPの上昇率が考慮されています。
では、そのTFPのデータを見ていきましょう。
名目GDP成長率が「成長実現ケース」の場合では、TFP上昇率は25年度までの5年間で0.4%から1.3%に上昇することを前提としています。
また、「ベースラインケース」でも、 TFP上昇率は将来にわたって0.7%程度で推移することを前提としています。
では、この「成長実現ケース」の前提である、2025年から2029年の5年間、TFP上昇率が1.3%以上を維持する可能性はどれくらいなのでしょうか。
1981年度から2019年度におけるTFP上昇率に関する内閣府データからヒストグラム(度数分布)を作成して計算してみると、次の図のようになります。
すると、TFP上昇率が1.3%以上となる割合は全体の30.8%となり、TFP上昇率が25年度から5年連続で1.3%を上回る確率は0.28%になります。
――政府の言う「成長実現ケース」になる可能性はかなり厳しいですね。。。
悲観的な話をしてしまいましたが、ここに少し知識を入れると別の視点で見ることも出来ます。
例えば、グラフには山と谷があり、この谷の部分は大きな社会影響を与える出来事と重なります。2008年はリーマンショックがありましたし、1997年に起きた金融危機では「潰れない」と言われていた日本長期信用銀行なども経営破綻しました。
その落ち込みの後に注目してください。
こうしたリセッション(景気が低迷し不況にいたる過程の状態)が起きたあとは、TFP上昇率は上がっていることが分かります。
――確かに。谷の後に山が来ています。
新陳代謝、あるいは破壊的創造といいますか「尻に火がつくと、頑張って生産性を上げようとする」というような力学が働いているのかもしれません。
このように過去の事例から考えてみると、新型コロナでも同じようにTFP上昇率が上がる可能性もあると予測することもできます。
リーマンショック(2008年)や東日本大震災(2011年)の時もGDPは落ち込みましたが、復興対策や景気刺激策として公共事業などを実施することもあり、その後のGDP成長率は押し上げられました。
――こうしてデータで読み解いていくと、色々な角度から物事を考えることができますね。
そうですね。
世の中の出来事をデータで分析し、論理的に考える能力を身につけることが重要です。
――いま新型コロナ対策で国債が合計で約60兆円ほど追加発行されたりもしていますが、小黒先生はいまの財政状況をどう評価されていますか。
相当厳しい状況だと思います。
こちらもデータを見ると、例えば、2010年度から2019年度の債務残高(対GDP)は、太平洋戦争のために国中の資源が総動員された第二次世界大戦末期の1944年度をも超えるレベルに達しています。
債務残高(対GDP)はどれくらいが良いのかというのはまだわかっていませんが、最近の経済学の研究では、過剰債務は成長率にマイナスの影響を及ぼすという実証分析の結果もあり、最適な債務はおおよそGDP比で90~100%くらいではないか、という議論が出てきています。
この数字を基準とすると、日本の200%超えは高すぎることになります。
――目安の倍以上ですものね。
さらにドーマー命題を基に、名目GDPの成長率を0.8%、財政赤字(対GDP)を2.7%と仮定して計算をすると、債務残高(対GDP)は320%となります。
――ただ、先ほどドーマー命題の公式に当てていた名目GDPの成長率、財政赤字(対GDP)の数字は仮のものですよね。
はい。
ですが、名目GDP成長率の1981年度~2019年度での平均は0.4%であるため、先ほどの0.8%というのは2倍の数字を当てた計算になっています。財政赤字(対GDP)も内閣府の試算する2029年度の「ベースラインケース」の数字(※)になります。
※出所:「中長期の経済財政に関する試算」内閣府(2020年7月31日、経済財政諮問会議)
なので、実際はもっと厳しい数字になる可能性も高いです。
総債務残高(対GDP)は、すぐに100%を目指す必要はありませんが、数十年という時間をかけてでも、ゆっくりと低下させていく必要があります。
そのために、財政赤字(対GDP)を一定範囲に抑制しながら、生産性を高め、名目GDPの成長率を引き上げなくてはいけません。
また、本質的に最も重要なのはこうした財政の問題に目を向けながら「人口減少・少子高齢化」「低成長」「貧困化」といった課題にどう立ち向かうのかといった視点です。
「 誰もが安心して暮らせ、競争力が高い国をどう構築するか」というテーマについて考え、改革をしていく必要性があると考えています。(※上記詳細や改革案は、小黒先生の近著「日本経済の再構築(日系プレミアシリーズ)」で語られています)
——これから経済や財政をより深く知りたいと思っている方々にアドバイスをいただけたら幸いです。
まず、一番重要なのは”問題意識”を持つこと。
私であれば、先に述べた人口減少・少子高齢化や世代間格差など、「〇〇を改善したい」といった想い。
その次に、その問題をどう解決すべきか導くのに必要なのが”理論”。そして、その理論が正しいのかを考えるためには”データ”を見る力が求められます。
この“問題意識”、”理論”、そして”データ”を三位一体に考える必要があります。
さらに実際に物事を進めて色々見えてくると大抵トレードオフに直面します。
社会保障、成長戦略、財政再建などもそうですね。
そういった重要な物事の「優先度」を考える上で、重心となる”哲学”や”守るべき価値”を心に留めておくことも忘れてはいけないと思います。
今回色々お話しましたが、まずは固く考えすぎず、ご自身の問題意識を発信点に楽しみながら学んでほしいですね。
(協力:青山社中、編集・記事制作・デザイン:深山 周作)
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「青山社中リーダーシップ・公共政策学校」は、パブリックリーダーを育成することを目的とし、「リーダーシップ」と「政策」の両方を学ぶことをコンセプトにした学校です。霞が関出身、かつ各分野の第一人者であり、政治・行政の内情に精通する講師陣が講義を担当、今年度は、2020年10月~2021年3月にかけて全7講座を開講いたします。
本講座は、どの領域にも横断的に活躍する上で基礎となるリーダーシップ、コロナ下の最新政策情報や議論、オンライン配信によるインタラクティブな授業を提供することで、「社会を動かし、社会課題を解決する」政策人材の育成を目指します。